「ママ、ただいま~」
「お帰り~。どうしたの?それ?」
手にしている粘土について聞いてきた。
「渡君がくれるって言うからもらった」
「そうなの。お別れするからプレゼントしたのね」
「お別れ?」
「渡君のおうち、今日、引っ越すんだってね。ちょっと前に買い物行った時に渡君のお母さんにスーパーで出会ってね・・・知らなかったの?」
「お引越し?どこに?うちの近く?」
「全然遠いよ。遠くの方だからもう会えなくなるって」
「し、知らない!そんな事・・・」
「あ!ちょっと待って!めぐちゃん!」
それを聞いて、家を飛び出した。走っている間に考える。確かにここ最近、思い当たる節はあった。何か言おうとしている所や落ち着きがなかった所など・・・でも何故、そんな大事な事を言ってくれなかったのだろうか。走っては歩き、歩いては走るを繰り返した。まず駐車場に行くが渡君はいなかった。その近くの渡君の家にも行ってみたが渡君の家はオートロックつきのマンションであった為、エントランスより中に入れなかった。
「うう~」
部屋番号も知らないし、このようなマンションでの呼び出し方を知らなかった為に自動ドアの前でぴょんぴょん飛び跳ねるしかなかった。
「どうしたの?」
そこに住んでいると思われる女性がめぐちゃんに尋ねて来た。
「飯倉 渡君のおうちに行きたい・・・」
「ちょっと私には分からないな~。ちょっと待ってて管理人さん呼ぶから・・・」
女性がボタンを操作して管理人室と連絡して、少し待つと管理人さんが現れた。
「この女の子が飯倉 渡って子に会いたいらしいですよ。知ってます?」
「飯倉 渡?子供さんの名前まで知らなかったけど飯倉さんは知っているよ」
「知っているって。良かったね」
「うん!ありがとう。オバサン!」
「お?そ、そう。それじゃ・・・渡君って子に会えるといいね」
部屋の中に入ろうとボタン操作をしていたが手が震えているようで何度か間違えているようであった。そんな事には気が付かず管理人さんに聞く。
「その人の住んでいるところ何階?」
「お嬢ちゃん。飯倉さんは午前中に引越しが終わってちょっと前に挨拶して出て行った所だよ」
「嘘!」
「嘘じゃないんだよ。お嬢ちゃんは知らなかったのかい?それじゃ、その子はどうして教えてくれなかったんだろうね」
めぐちゃんはそのままマンションを飛び出して色々探し回った。公園やらちょっとした茂みなど渡君がいそうな場所である。だけど、見つからなかった。
「あ!めぐちゃん!どこに行っていたの!ママ探したんだからね!」
道端でママとバッタリ出会った。自転車を引いていて本当に探し回っていた事をうかがわせた。
「渡君。いない。いなくなっちゃった。めぐちゃんに何も言わずに・・・」
「めぐちゃん。話は最後まで聞きなさい。一度、家に帰るよ。それから私の知っている事を教えてあげるから・・・」
めぐちゃんを自転車の後ろに乗せて家に帰る。度々振り返るがすっかりめぐちゃんはしょげていた。家に帰ってからまず紅茶を淹れた。めぐちゃんにはミルクと砂糖を多めに入れた。
「私もちょっと前に聞いたんだけどね。渡君のおばあちゃんが病気で倒れて、看病が必要なんだって・・・だから渡君のうちはおばあちゃんの近くに引っ越すんだって・・・良くなったら戻ってくるかって聞いたけど分からないらしいね」
一時的にならば引っ越すことなどする必要はないだろう。
「・・・」
「多分、少ししたら帰ってくるよ。きっと」
「私に何も教えてくれなかった」
「言いにくかったんじゃないかなぁ?引っ越してあえなくなるなんて・・・」
渡君の心境を代弁してみた。それはかつての自分を重ねていたのだろう。状況はまるで違うが言いたい事が言えなかったのは同じである。
ミルクティに口をつけず、座って俯いていて自分の手の甲を見つめているような状態であった。ママも声をかけづらい状態であった。
「・・・あ、粘土」
渡君を思い出したときに、もらった粘土を思い出した。
「粘土なら、めぐちゃんの部屋においておいたよ」
のろのろと立ち上がって部屋に行く。
「大丈夫?無理しなくて良いんだよ。めぐちゃん」
「大丈夫だよ。ママ」
普段なら悲しいことなどがあったら真っ先に泣くのがめぐちゃんであったが今日は泣かない。それが逆にママを心配させた。めぐちゃんの部屋のドアを開けて中を見るとトコちゃんの後ろ姿があった。
「ああ!トコちゃん!」
トコちゃんは急に大きな声を出されたものだから飛びのいた。よく見ると何と、トコちゃんは粘土を前足で軽く触っていたのだ。恐らく始めてみるものだから物珍しかったのだろう。ぐしゃぐしゃになった粘土。確かにトコちゃんは粘土に触っていたがそれはトコちゃんがやったからではない。めぐちゃん自身が落としてしまって既にぐしゃぐしゃになっていたのだから・・・
「・・・」
ピタッ!
粘土をじっと見つめて振り返るとトコちゃんと目が合った。トコちゃんはそのまま身動きを取らずじっとしていた。身動きを取らずというよりは取れなかったのかもしれない。
めぐちゃんはゆっくりと近付いて、トコちゃんを抱き上げて顔を背中にうずめた。
「ううっ・・・うっ・・・ううっ・・・」
いつものように大きな声を出して泣くのではない。静かに震えすすり泣いていた。トコちゃんは涙や鼻水で自分の毛が濡れるのを分かっていたが暴れるような真似はせずその背中を預けているだけであった。
「めぐちゃ~ん」
夕方、ママはそろそろ夕飯と言う事でお皿を出す手伝いをしてもらおうとめぐちゃんを呼んだ。
「は~い」
「どうしたの?お目目が真っ赤じゃない!」
と言ってみて何があったかは想像が付く。
「何でもないよ。何でもないよ」
ママはさっき静かだったのを思い出した。何かしているのなら大体物音がしていたはずだが、だが奇妙なぐらいに家の中は静寂に包まれていた。その時、泣いていたのだろうと思った。
「本当に?じゃぁ、お皿並べるの出来る?出来なければやらなくてもいいよ」
「出来るよ」
「そう。じゃぁ頑張って・・・」
何故、目が赤いのか理由は今、分かったが、あまり追求してはいけない気がした。今、手伝ってもらってかなり無理をしていると分かったらその時に聞いてみようと思った。頑張ろうとしているのにそこで言うのは良くないだろう。
皿を並べ始めためぐちゃんは目こそ赤かったが笑顔を作って皿を並べていた。それを見て少しホッとした。その頃、トコちゃんはめぐちゃんの部屋で背中をぺろぺろと舐めていた。
年明け、冬休みが終わって幼稚園に行くと新年の挨拶をした後に先生が渡君の事を言っていた。
「みんなにお知らせがあります」
「どうしたの?」
「渡君が急に引っ越しましたので今日から来ません。冬休みが入ったばかりの時に連絡があって・・・」
「ええ~!」
幼稚園児たちがそのように言うもののあまり幼稚園で存在感がなかった渡君である。いなくなったからと言ってそれほど影響もない。1日ぐらいその話題が出ただけで次の日からは特に影響もなく毎日は進行していく。
そんな周囲の空気もあってかめぐちゃんは渡君の事は気にしなくなっていた。その証拠にママもトコちゃんが粘土をこねている所を見かけてしまったのだ。トコちゃんに何をするのか分からないと思って焦ったがそれは杞憂だった。
「めぐちゃん。トコちゃんが大事な粘土で遊んでいるけどいいの?」
「うん。めぐちゃんは粘土遊び好きじゃないからトコちゃんが好きならあげるの」
「そう。優しいね。めぐちゃん。良いお姉さんになった感じがする」
後ろで2人が何か言っているがトコちゃんは構わず、粘土をこねていた。めぐちゃんにはそれが渡君の後姿のように映った。あまりにも小さい渡君であるが・・・
それから今まで、めぐちゃんはトコちゃんを毛嫌いしていたのにそうではなくなったようだ。トコちゃんの方もめぐちゃんを避けると言う事もあまりしなくなり、自ら寄り添う所も良く見られるようになった。それでも渡君との別れでめぐちゃんは大きく成長したのだろう。
めぐちゃんとしては、再会したときに新しい粘土でも持って行ったら何かこねてくれるだろうとそのように思っていた。何故なら別れ際に彼は『また今度』って言ったのだからその言葉を信じた。そして、後で描いた渡君の似顔絵を渡さなければならないのだから・・・
ポロッ
「あ・・・」
箸を落としてしまってそれを拾おうとした時であった。
ガツッ!
立ち上がろうとした瞬間にテーブルの角に頭をぶつけた。
「うう・・・ああああぁぁぁぁぁ!」
「ああ~。大丈夫?めぐちゃん」
ただ、泣き虫なのはあまり変わっていない。
こねこねっこねこSP FIN