(引用文)
「庭の植え込みの中などで、しゃがんで草をむしっていると、不思議な性的の衝動を感じることがある」と一人が言う。 「そう言えば、私はひとりで荒磯の岩陰などにいて、潮の香をかいでいる時に、やはりそういう気のすることがあるようだ」ともう一人が言った。 この対話を聞いた時に、私はなんだか非常に恐ろしい事実に逢著(ほうちゃく)したような気がした。 自然界と人間との間の関係には、まだわれわれの夢にも知らないようなものが、いくらでもあるのではないか。 (大正九年十二月号・渋柿)
(大正九年十二月号掲載分を読んで)
ふたりの会話を聞いていた寅彦だったが、喫緊の課題を思い知ったのでした。
どのような会話かといえば、生き物の本能というのか、生の秘密というのか…
それは人間のルーツ、もっといえば、生命に染められた記憶の根源であろう。
鋭い感性というよりも、素朴な感性のゆえに、感じ・思い知った約束事です。
「のんびりと時間潰し」なんて、やってられないと寅彦は思ったのだろうか。