価値観の転換を考えませんか?
人には誰でも大切にしているモノがあるらしい、
そしてその大切なモノの中身は、人それぞれに異なってる。
たいがいの人は何よりも命を大切に思うだろうし、
ある人たちは平和がいちばん大切と言うだろう、
ある人たちは気ままに暮せるのが一番良いと言うだろう、
晩酌のお酒を呑んでる時が幸せという方もいらっしゃる、
お金がいちばん大切と思ってる方もいらっしゃるだろう、
あるいは、そんなこと考えたことないと言うかも知れない。
オモシロイ事に、親友同士で好みが合うとも限らない、
いえいえ、友を大切に思う点で親友の好みはピッタンコ。
そんなの嘘だ…と根拠なく言うのは言葉を大切にしない人、
「人間を大切に思う」というタイプは宗教者に多いと思う、
もちろん人間を大切に思う根拠を言えない宗教者は怪しい。
ともあれ、どんな人にでも大切なモノはあるようです。
オツベルは誰よりもお金にこだわったのかも知れません、
お金を手に入れるために高価な最新式の器械を導入したし、
工場で16人もの百姓たちを使って働かせていたんだよ、
迷い込んできた白い象をオツベルは手に入れようとしたし、
手向かう者にはピストルをぶっ放してやっつける腹積もり、
象の群れと戦い、己の命を賭して、資産を増やそうとした。
それは野生の象と人間が生き残りを賭けた戦いみたいでも、
人間の言葉・心が通じる象…つまり人間に銃を向けたんだ、
お金のために人間に害悪をなすオツベルは、仲間だろうか?
人間を仲間としないオツベル…結局、オツベルは人間の敵、
お金を人間の命より重視するオツベルに人の心は通じない、
そんなオツベルの伴侶や家族や一味も、人間の心を見失う。
お金を稼ぐのは何のためでしょうか?
人間の命を見殺してまで稼ぐお金の意味ってなんでしょう?
稼ぎ・貯めたお金をオツベルは何につかう積りでしょうか?
その答えらしきものに…私は一つ思い当たります。
ピストルです…オツベルの身を護るピストルです。
人間を友としないオツベルが頼るモノ…信頼できそうな物★
お腹を空かせたジャンバルジャンはパンを盗んで捕まった、
明日の食事のためにと…生き残るための銀の食器を盗んだ、
ジャンバルジャンと同じで、オツベルも生き残りを図った、
今日は生き残れるかも知れないけど、明日はどうなるのか?
オツベルのお金は、もっと強い奴に奪われるかも分らない、
地震で、津波で、原発事故で、すべてを失うかも知れない。
困った時、困った人に政府や社会は何をしてくれるだろう?
誰も助けにならない、誰も信じられないなら、蓄えが安心?
それで、どれだけの蓄えでオツベルは安心できるのだろう?
一人で生き延びるために、どれだけ蓄えたら足りるだろう?
身を護る堅固な要塞に、銃に、食糧に、娯楽も欲しいだろ?
いつまでの? 少なくとも数年分、一生分、子孫の分まで?
だったら、千億円持ってても足りないに決まってるんだよ。
オツベルが一億人も居たら? そりゃ死んで貰うしかない。
弱肉強食の世界では、邪魔な人に死んでもらうことになる。
毎年三万人でもまだ不足。戦争で大掃除する必要も生じる。
焼け野原の復興…建設業界は又とないチャンスに違いない。
お金もうけは非情なようでも、人の死までがチャンスです。
これが福祉社会だと、貯金なんか無くても生きられるんだ。
収入をぜんぶ使い切っても、来月にはまた入ってくるんだ。
働けば収入になる、使ったお金はまた社会を循環して潤す。
みんなが働けば、社会に活気が出て、国全体が明るくなる。
助け合い、支え合い、相互扶助の社会なら皆が安心できる。
ある意味、宵越しのお金を持たなかった江戸っ子に似てる。
そうなると困ることがあるって言うか、困る人がいるんだ。
威張りたい人、見栄を張りたい人、権力を振るいたい人さ、
民衆が楽しく暮してたら、だれもペコペコしなくなるから、
ふんぞり返っている変な人たちは威張っていられなくなる、
見せびらかせたり、自慢したり、勿体ぶったりも出来ない、
不安な世の中にしなきゃ、邪悪は大きな顔で歩けないんだ。
ともあれ、
オツベルがお金に執着を持つ原因になったのは社会の歪み、
「お金がなければ首がないのと一緒」みたいな仕組の社会、
他人の懐の金を狙って、騙して、奪いとる算段をする社会、
この社会を明るく変えたくない悪い人たちがいるのは事実、
それでオツベルや、お金に執着する人たちが生れたのです、
お金に執着する人が幸せなら良い…だけど不幸な顔ばかり。
その不幸な人たちに憧れるなら、それは阿呆な人たちです。
輝く人に共通してること…社会や他者を目的に働いている。
幸せに輝きたくて、賢い人は他者の幸せを目的として働く。
人は輝いてこそ愉快で、楽しく・幸せに・充実して暮せる。
お金もうけに汲々するのでなく、誰かの幸せを願い生きる。
それは伴侶でも家族でも仲間でも…ボランティアでも良い。
結局、
お金や地位や体裁に囚われる限り、そこから脱出できない。
脱する一番の大道…働くことを大いに楽しむことでしょう。
自分の家族から決して、第二第三のオツベルを生まない事。
それが楽しい幸せな家庭を作り育む…平和な社会の第一歩。
「オツベルと象」を読んで、そんなことを思います。
人には誰でも大切にしているモノがあるらしい、
そしてその大切なモノの中身は、人それぞれに異なってる。
たいがいの人は何よりも命を大切に思うだろうし、
ある人たちは平和がいちばん大切と言うだろう、
ある人たちは気ままに暮せるのが一番良いと言うだろう、
晩酌のお酒を呑んでる時が幸せという方もいらっしゃる、
お金がいちばん大切と思ってる方もいらっしゃるだろう、
あるいは、そんなこと考えたことないと言うかも知れない。
オモシロイ事に、親友同士で好みが合うとも限らない、
いえいえ、友を大切に思う点で親友の好みはピッタンコ。
そんなの嘘だ…と根拠なく言うのは言葉を大切にしない人、
「人間を大切に思う」というタイプは宗教者に多いと思う、
もちろん人間を大切に思う根拠を言えない宗教者は怪しい。
ともあれ、どんな人にでも大切なモノはあるようです。
オツベルは誰よりもお金にこだわったのかも知れません、
お金を手に入れるために高価な最新式の器械を導入したし、
工場で16人もの百姓たちを使って働かせていたんだよ、
迷い込んできた白い象をオツベルは手に入れようとしたし、
手向かう者にはピストルをぶっ放してやっつける腹積もり、
象の群れと戦い、己の命を賭して、資産を増やそうとした。
それは野生の象と人間が生き残りを賭けた戦いみたいでも、
人間の言葉・心が通じる象…つまり人間に銃を向けたんだ、
お金のために人間に害悪をなすオツベルは、仲間だろうか?
人間を仲間としないオツベル…結局、オツベルは人間の敵、
お金を人間の命より重視するオツベルに人の心は通じない、
そんなオツベルの伴侶や家族や一味も、人間の心を見失う。
お金を稼ぐのは何のためでしょうか?
人間の命を見殺してまで稼ぐお金の意味ってなんでしょう?
稼ぎ・貯めたお金をオツベルは何につかう積りでしょうか?
その答えらしきものに…私は一つ思い当たります。
ピストルです…オツベルの身を護るピストルです。
人間を友としないオツベルが頼るモノ…信頼できそうな物★
お腹を空かせたジャンバルジャンはパンを盗んで捕まった、
明日の食事のためにと…生き残るための銀の食器を盗んだ、
ジャンバルジャンと同じで、オツベルも生き残りを図った、
今日は生き残れるかも知れないけど、明日はどうなるのか?
オツベルのお金は、もっと強い奴に奪われるかも分らない、
地震で、津波で、原発事故で、すべてを失うかも知れない。
困った時、困った人に政府や社会は何をしてくれるだろう?
誰も助けにならない、誰も信じられないなら、蓄えが安心?
それで、どれだけの蓄えでオツベルは安心できるのだろう?
一人で生き延びるために、どれだけ蓄えたら足りるだろう?
身を護る堅固な要塞に、銃に、食糧に、娯楽も欲しいだろ?
いつまでの? 少なくとも数年分、一生分、子孫の分まで?
だったら、千億円持ってても足りないに決まってるんだよ。
オツベルが一億人も居たら? そりゃ死んで貰うしかない。
弱肉強食の世界では、邪魔な人に死んでもらうことになる。
毎年三万人でもまだ不足。戦争で大掃除する必要も生じる。
焼け野原の復興…建設業界は又とないチャンスに違いない。
お金もうけは非情なようでも、人の死までがチャンスです。
これが福祉社会だと、貯金なんか無くても生きられるんだ。
収入をぜんぶ使い切っても、来月にはまた入ってくるんだ。
働けば収入になる、使ったお金はまた社会を循環して潤す。
みんなが働けば、社会に活気が出て、国全体が明るくなる。
助け合い、支え合い、相互扶助の社会なら皆が安心できる。
ある意味、宵越しのお金を持たなかった江戸っ子に似てる。
そうなると困ることがあるって言うか、困る人がいるんだ。
威張りたい人、見栄を張りたい人、権力を振るいたい人さ、
民衆が楽しく暮してたら、だれもペコペコしなくなるから、
ふんぞり返っている変な人たちは威張っていられなくなる、
見せびらかせたり、自慢したり、勿体ぶったりも出来ない、
不安な世の中にしなきゃ、邪悪は大きな顔で歩けないんだ。
ともあれ、
オツベルがお金に執着を持つ原因になったのは社会の歪み、
「お金がなければ首がないのと一緒」みたいな仕組の社会、
他人の懐の金を狙って、騙して、奪いとる算段をする社会、
この社会を明るく変えたくない悪い人たちがいるのは事実、
それでオツベルや、お金に執着する人たちが生れたのです、
お金に執着する人が幸せなら良い…だけど不幸な顔ばかり。
その不幸な人たちに憧れるなら、それは阿呆な人たちです。
輝く人に共通してること…社会や他者を目的に働いている。
幸せに輝きたくて、賢い人は他者の幸せを目的として働く。
人は輝いてこそ愉快で、楽しく・幸せに・充実して暮せる。
お金もうけに汲々するのでなく、誰かの幸せを願い生きる。
それは伴侶でも家族でも仲間でも…ボランティアでも良い。
結局、
お金や地位や体裁に囚われる限り、そこから脱出できない。
脱する一番の大道…働くことを大いに楽しむことでしょう。
自分の家族から決して、第二第三のオツベルを生まない事。
それが楽しい幸せな家庭を作り育む…平和な社会の第一歩。
「オツベルと象」を読んで、そんなことを思います。