野分‥これは昨夜ブログを飛び歩いて目に入った季語
なにか気になって2時間ばかり思考錯誤した次第だが
野分って名詞か? 動詞か? 答えは名詞らしいが
始まりは動詞だった筈なんだ‥風が草叢を分けたんだろ?
それで動詞形はないかと探したが見つからなかった
どうしても動詞的に表現するなら「野を分ける風」かな
野わけ‥これ名詞、 野分(のわき)‥当然これも名詞だ、
言葉は進化・変化・発展・固定化・変質化などしていく
今日を刹那的に生きるなら言葉の質に拘らないだろうが、
言葉に普遍性を求め・近づけようとするとき思考は深まる
それなら言葉の意味は個々人で異なって当然と分かる筈で
異なる意味の文章を理解したくて意思の疎通も試みられる
ゆえに意思の疎通に欠かせないのは他者の能力ではない、
意思の疎通に必要なのは己の能力であり、努力なのですよ。
三省堂の古語辞典を二冊比べたところ面白い発見があった
野分だつ‥(野分らしい寒い風が吹く意とみなす解釈があるが)
野分が吹き始める意。
そしてもう一冊には「野分らしい風が吹く」と載っている。
つまり二冊の解釈は互いに否定し合っていて愉快に思った。
狭義での意味の違いはあっても、広義ではどうだろうか?
私は別に目くじらを立てているのではありませんよ。
俳句詠みはこのていどの違いは腹に収めて詠むのだろうな‥
まして他者が詠んだ句を解釈するにはユトリが必要だろう
他人の句の首根っ子を捉まえたのか小躍りする意味はない
文法がどうのとセコイことを言いたがるのはセコイ文化人
セコイ文化人がどうして他者の俳句を理解できるだろうか
セコイ文化人に従属して‥あなたはセコイ心に染められる
詩人の心は自由に羽ばたける筈なのに‥セコイのは駄目だ
野分だつ : 野分らしい風が吹く or 野分が吹き始める
それじゃあと敷衍して思考はどんどん進んだ人もある‥
野分の初めから終りまでは? 野分中(のわきぢゅう)で、
野分している擬人化は? 野分中(のわきちゅう)‥かあ、
お食事中(しょくじちゅう) :行為と時間を指すが、
お食事中(しょくじぢゅう):時間に限定される感じだ。
いやいや、言葉に強いこだわりを持つ私でもあるのです。
ともあれ、縛られるのでなく自由に伸び伸びといきたい。
(ついでに清水哲男氏の評論にも触れておきたい)
野分きし翳をうしろに夜の客 大野林火
野分が、キ・キタ━━(゜д゜;)))━━!!‥って感じも好いな
そろそろ来る予感がする、来るかな、来るかな、来たーッ
何が来たって? そりゃあなた、夜の客でしょ?
この客はいつも大雨・大風・吹雪‥を引連れてるんでしょ?
今年は19号台風‥それにしても酷かったですね。
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