長期計画を作っているが、今は名前が変わったが、MB総研に委託した。
出てきた計画は、あたかも計画原論のよう。
どこにも通用可能な抽象的なものといった方がいいのだろうか?行政ミニマムが謳われているといったらいいのだろうか?
抽象的なだけに、耳障りはいい。将来に向けたこれからの重要価値観も語られている。将来を個別に拘束するものがないため、行政はフリーハンドを保てる可能性もある。
だが、気になることが多い、気になるというより違和感があった。以下三点。
①行政と市民の協同(住民主導と行政の参加)について
まず、これを誰がどの様に行うのかが、わからないこと。行政と市民との協同、というが、それをどの様に構築しようとするのか、実は、長期計画づくりに、その手法が既にされていなければならない、と私などは思うのだが。
K市は確かに市民に委員を募って、「まちづくり委員会」を立ち上げ、3か月に渡って分野別に提案をする構図を作った。
しかし、これには、専門家やファシリテーターが入っておらず、個別具体的な課題が多く、既に実現していること、またとうてい無理なこと、庁内でも意見が分かれていることなどが列挙されており、とても席になる立場からの行動テーマとはなっていないのだ。
つまり、「自分たちのことを自分たちで考え、解決する」そうした気風を作ることが最も長期計画には要請されるのではないか?
誰々が悪いという対立に持っていくのではなく、解決するという姿勢である。そのためには、現場を大事にし、現場で物事を考え、現場で解決すると言うこと。
テーマによって自分たちで解決できないものもあることから、それを行政や、さらにはより広域なところで解決を考えるという、「補完性の原則」に基づく考え方をベースに置くことであろう。
行政と民との新たな関係を如何に築くかが大事なのでは。その際も既存の団体の言うことばかりにとらわれないことも大事だろう。
②K市の個性
次に、このK市の特徴が浮き彫りになっていないこと。一体、この市の優先課題は何なのか、一般論(原論)の中にすべて包摂されるものなのか、あるいは何らかの特徴を出し、独自の長期計画を作った方がいいのか。
当然に、私は特徴ある個性ある長期計画の方がいいと思うのだが、
それはこれからの地方分権時代を念頭に置けば、居住者を増やす上でも、産業振興や観光者を増やす上でも、はたまたいい暮らしを考える上でもその方がいいと考えるからである。地元に愛着を持たない人が多い地域は不幸である。愛着を持ち、誇りにまで思えれば、その地域の定住は安泰であるし、創造性も確保できるだろう。
その特徴だが、特徴は実は、個別を見る中からしか出てこない、というのが私の持論である。
もっとむらの生活や産業をリアルに、個別に把握し続ける必要があるし、その中からどれをのばしていくのかを考える必要があるのだろう。
③合併市として
しかもこの市、人口8万人の合併市だが、合併してひとつになることの意味と、それぞれの地域の個性との同居をどう考えるのかの課題がある。
合併市としてやるべきことは何か、?シンボルとしての庁舎を建てるべきと言う合併教の考えもあるが、和つぃはそうは思わない。
これからの少子高齢社会で、分権社会の地域ガバナンスをどう構築するか?地方自治体のあるべき姿や住民の貢献、財政なども含めて新たに作っていくことだろう。それは戦後の中央集権とは逆の文化や思想をもった行政運営を作っていくことである。
人口減、税収減、産業振興、福祉や教育の充実といった課題に答えなければならない。
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