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龍馬は江戸に到着、名門千葉道場に入門する。全国から集まった猛者たちの中で、最初に龍馬を叩きのめしたのは、道場主千葉定吉(里見浩太朗)の娘・佐那(貫地谷しほり)のすさまじい剣さばきであった。佐那こそ「千葉の鬼小町」とよ呼ばれる、女剣士であったのだ。
貫地谷しほりをしっかりみるのは、『ちりとてちん』以来になる。自分に自信がもてず、失敗ばかり繰り返す落語家徒然亭若狭とはまるで別人。にこりともせず自分より遥かに長身の龍馬を散々に打ちのめす。あれは吹き替え、まさか貫地谷さんご本人?!しかし剣一筋に生きてきた佐那が、父から女の身で剣を究めることに限界があると言い渡され、また暗に龍馬への恋心を指摘されて混乱し、龍馬に立合いを挑む。
朝稽古に励む町人たちは明るく生き生きして、龍馬も「優しい剣術のお兄さん」の風情である。なし崩し的に佐那も稽古をつけることになってしまうのだが、憧れのまなざしで自分をみつめる大勢の子どもたちに囲まれ、龍馬と太鼓を叩いてともに稽古をする佐那は初めて娘らしい笑顔を見せる。道場の子どもたちの様子がとても楽しそうで、演出があってのこととは思えないほどだ。みているこちらまで何だか嬉しくなった。
鬼小町の佐那も、剣を取り上げられればあっという間に男に組み伏せられる。「わたしはなぜ女に生まれてきてしまったの」と涙する佐那を、龍馬は最大級の、それも単なる美辞麗句ではない、作りものでない心からの言葉で讃える。
この場面の龍馬と佐那のやりとりを聞いて、龍馬という人は(今回の大河ドラマの、福山雅治が演じている龍馬、ということである)、相手をまるごと受け止める、肯定する人だなという印象をもった。それも「あなたには、他の誰にもないものを持っている」という言い方をする。その人1人ひとりが持っている賜物を尊重し、その素晴らしさに気づかせてくれるのだ。
いまのところ龍馬はまだ土佐から出てきたばかりの普通の若者だ。姉の乙女(寺島しのぶ)に「世の中を知りたいという志はどうした」と叱りつけられても、剣の修行で頭がいっぱいである。しかし次週は黒船の来航を目の当たりにし、人生観が大きく変化する兆しがみられそうである。最初からすごい人だったわけではない。けれど何か違うもの、光るものを持った人のようだ。その何かが動きはじめる、光りはじめる兆しが。
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