因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

こまつ座『小林一茶』

2015-04-22 | 舞台

*井上ひさし作 鵜山仁演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋ホール 4月29日で終了
 NHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』を見なかったため、和田正人という俳優さんのことをほとんど知らなかった。1979年生まれ、ワタナベエンターテインメントの若手男性俳優集団D-BOYSの最年長メンバーであるとのこと。なるほどこの夏で36歳になるのだから、もう「若手」とは言うにはむずかしい年ごろであろう。陸上競技では多くの大会で優秀な成績を納め、実業団選手としても活躍していたが、陸上部廃部によって俳優を志したという。Dステ15th『駆けぬける風のように』における演技に対して、2014年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞した。
 先日あるシンポジウムにおいて、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』で、和田がアントーニオを演じるDVDをみる機会があった。わずか数分の鑑賞ではあったが、共演しているほかの若手俳優とは明らかにちがう空気を纏っており、頭抜けた存在であること、これからさまざまな作品との出会いによって成長が期待される俳優であると感じられた。

 本作は、江戸の三代俳人のひとり夏目成美の別宅から大金が盗まれ、貧乏俳人の小林一茶に嫌疑がかかった事件が軸になる。見廻同心見習の五十嵐俊介は、「お吟味芝居」を仕立て、みずからが小林一茶を演じながら、彼を知る人々に証言させ、一種のドキュメンタリー演劇風の舞台を作って、真相を究明しようとする。井上ひさしが得意とする実在の人物の評伝劇を、これまた得意中の得意である劇中劇の趣向でつくり上げた舞台である。

 公演パンフレットによれば、「一茶という俳人を作者が書こうと決めた理由は、ひたすら俳句に取り組んだ一茶が発句のみを独立させた『五七五』の発案者であること。つまり、長い連句という慣習を一挙に簡略なリズミカルなものとして、後世に残したのはなぜかということでした」(井上麻矢)とのこと。
 物語は一茶がまだ少年のころ、「賭け俳句」の賭場へ足を踏み入れる場にはじまる。そこで一茶は生涯のライバルであり、句友である竹里に出会う。一茶と竹里が互いに相手の才能を畏れ、俳人としての出世をめざして格闘する様相におよねという女性が絡み、ふたりはいっそう激しく自らの業にもがき、葛藤することになる。

 一茶役の和田正人がすばらしく魅力的だ。竹里役の石井一孝はミュージカルの印象が強いが、自分より若い一茶の才能に嫉妬し、振り回される中年男といった様子が意外やなかなかはまっている。劇中劇からの出入り?にまだぎくしゃくしたところがあるせいか、この趣向が劇として有効であるのか、そもそも「お吟味芝居」というものが、事件の真相をあぶりだすのにほんとうに必要なのかといった疑問はある。ただ前述のように主演の和田正人の好演が瑣末な違和感や疑問を吹き飛ばしてしまう。

 一茶が江戸を見限って信濃に旅立つ終幕、影絵芝居の見立てで、ステージ中央の白い幕に旅人すがたの一茶の影が不気味に映されるところでは、背筋がぞくぞくするような高揚感と、一種の恐怖すら感じさせて圧巻であった。作者は、作品の対象である一茶を愛し慕ったというより、もう少しちがう心の注ぎ方をしたのではないかと思われるのである。

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