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*火野葦平原作 齋藤雅文脚色 長塚圭史演出 公式サイトはこちら 22日まで 神奈川芸術劇場 その後、富山県のオーバード・ホール、兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール、福岡県の北九州芸術劇場を巡演
『花と龍』は昨年2月の劇団文化座公演の印象が鮮烈で、それから1年足らずで同じ作品に出会えるとは夢にも思わず。新ロイヤル大衆舎は、長塚圭史、山内圭哉、福田転球、大堀こういちによる演劇ユニットで、本作上演の経緯と熱意は演出の長塚のインタヴュー(SPICE)に詳しい。劇場の地元である横浜中華街、元町商店街の協力のもとに設置した屋台、年齢や障がいの有無に関わらず、多くの観客がともに観劇を楽しめる「やさしい鑑賞回」の試みなど、盛りだくさんの企画である。
舞台には巨大な三角形の台が置かれ、その周囲に障子、通路が作られている。開演前はその通路が屋台の通りよろしく、買い物や飲食を楽しめるという趣向だ。俳優の衣裳や履き物なども置かれてあり、さすがにそれには「お手を触れないでください」と但し書きがあるが、出演俳優でもある演出の長塚が出店の案内をしていたり等々、町ぐるみのお祭りのように、早くも劇場内は熱気と楽しさが溢れている。
巨大な三角形は廻り舞台の作りで、ゴンゾと呼ばれる沖仲仕たちが命がけで過酷な肉体労働を行う艀(はしけ)、料亭の座敷、長屋など自在に変化する。実にダイナミックだが繊細なところもあって、物語の展開を無理なく伝える。
大堀こういちが達者な口ぶりで前説を行う。いささか長いが、舞台と観客が対峙するのではなく、これから始まる3時間超の長い物語を全力で走り出そうとする作り手が、余計な緊張は解きつつも、お客さんも一緒に走ってみましょうと、観客の頑張りを促す効果もある。
主軸は玉井金五郎(福田転球)とその妻マン(安藤玉恵)である。福田と安藤のほかは、俳優は複数役を演じ継ぐ。その様子がはっきりとわかる役とそうでない役があり、たとえば稲荷卓央(劇団唐組)は若松港湾界隈のドン・吉田磯吉を演じるが、威風あたりを払う堂々たる造形に惚れぼれと圧倒され(吉田と玉五郎が対峙する場面はため息も憚られるほど鎮まりかえる)、他はどの役を演じたのか遂にわからなかった。大堀はなんでも屋おやじ等の人物はじめ、舞台の要所要所で客席に時と場などを解説する語り、いわば狂言回し、さらに「猫」役も担う。山内圭哉はマンの兄や金五郎の親分の永田、最後には河童役まで!
一人の俳優が複数役を演じ継ぐ趣向には長短あって、同じ俳優が演じていることを敢えて見せる場合、逆にあまり強調しない場合がある。たとえば大鶴美仁音(劇団唐組)は金五郎に横恋慕する芸者染奴と、ゴンゾのノロ甚等を兼ねる。男女どちらもそつなく自然に演じているが、染奴は玉五郎の心をつかもうと懸命で、贋の手紙を書くほど策を弄しながら、文字の拙さで企みが知れてしまう浅知恵の悲しさなど、もっと深掘りできる人物ではないか。大鶴美仁音の染奴をじっくりと見たいと欲が出るのである。ほかにも役を兼ねることで人物像が今一つはっきりしないために人物同士の関係性や物語の流れが理解しづらかったり、勿体ないと感じるところもあった。
しかし、それらが決定的な妨げにはならず、文化座のリアリズムの舞台との違いを意識しつつもたっぷりと味わえる、充実の観劇となった。今回の観劇を決めた理由のひとつは劇団新派の齋藤雅文が脚色を担当したことだ。硬質で手堅いリアリズムの筆致と思いきや、河童の登場など、ファンタジックな柔軟性で観客をリラックスさせるところもあり、本企画の目的、作り手の情熱に応える戯曲だ。公演パンフレットに俳優陣を数組に分けた座談会が掲載されており、稽古場に齋藤が訪れた際、語りかけた言葉も興味深い。戯曲、演出、俳優ともに、「来るなら来い!」と受けて立つ心意気と同時に、相手の奮闘をまるごと抱きしめるような懐の深さ、温もりを感じさせる座組である。
劇中何度か、マンは金五郎に「花をあげましょう」と小さな花を差し出す。華麗な薔薇、高価な百合や牡丹ではなく、長持ちする菊の花である。その愛らしさとかぐわしい香りに金五郎は慰められ、力を得る。3時間を越える物語が終わったとき、観客もまた舞台から菊の花を受け取ったのだ、と思った。
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