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*公式サイトはこちら 25日まで 歌舞伎座
昨年の猿若祭から早や1年。中村屋一門が総力を結集し、ゆかりの演目、初役の数々に挑戦する。5月の團菊祭や9月の秀山祭と同じく、毎年恒例になると嬉しい。夜の部を観劇した。
☆「壇浦兜軍記 阿古屋」・・・当blogの「阿古屋」関連記事→NHK Eテレ放送「にっぽんの芸能」より坂東玉三郎による芸談「伝心 玉三郎かぶき女方考~“壇浦兜軍記 阿古屋”~」(2020年4月放送/2018年5月の再放送)、演劇集団円公演『景清』(近松門左衛門原作 フジノサツコ作 森新太郎演出 橋爪功主演 2016年11月)女方最高峰の難役を、歌舞伎界の頂点に立つ玉三郎が演じる舞台を観る。そのことに圧倒されるばかり。芸談で説かれた文学性を自分が理解し、味わえるのはいつになるのか。そしてそのとき阿古屋を演じるのは?
☆「江島生島」長谷川時雨作 二世 藤間勘祖振付・・・江戸城大奥を揺るがした「江島生島事件」を題材にした舞踊劇。流罪となった人気歌舞伎役者生島新五郎(尾上菊之助)が、序幕は幻想のなかの江島(中村七之助)に、やがて現実の海女(七之助二役)に翻弄される様相が痛々しい。恋に狂い、やつれきった男性が登場するあたりは、1月の「二人椀久」を想起させるが、より生々しいのは史実がベースになっているゆえか。
☆「人情噺文七元結」三遊亭円朝口演 榎戸賢治作・・・長兵衛(中村勘九郎)は腕のいい左官だが、酒飲みの博打好きが災いして家計は常に火の車。女房のお兼(中村七之助)とも喧嘩が絶えず、両親を案じた孝行娘のお久(中村勘太郎)がみずから吉原の遊郭角海老へ身売りに行く。娘の情にほだされ、改心を誓った長兵衛だが、店の金を無くして身投げしようとした手代の文七(中村鶴松)を放っておけない。
さまざまな座組で繰り返し上演され続けている傑作である。自分も十八代目中村勘三郎、二代目中村吉右衛門、当代尾上菊五郎、直近では映画監督の山田洋次演出による中村獅童、寺島しのぶ共演の舞台が記憶に残る。菊五郎の長兵衛を「淡彩で行儀がいい」と評した朝日新聞の劇評(2020年/二月大歌舞伎)は、本作を観るときの心覚えになっている。
中村勘九郎の長兵衛は、やり過ぎないところがいい。いつのころからか、勘九郎を観て「勘三郎によく似ている」と思わなくなった。この人はもしかすると、とてつもないところへ到達するのではないか。
中村七之助の女房お兼も初役。暗闇からドスの利いた台詞で登場する。男性の声そのままのように太く大きな声といい、夫婦喧嘩の大立ち回りといい、これがあの美しい八ツ橋、揚巻と同じ人とはとても思えないほど見事な女房ぶり。長兵衛にとっては後添いで、お久とは血の繋がらないことが少し台詞に出てくるそうだが、聞き逃した。義理の母娘だから余計に娘が可愛いのである。
娘お久は中村勘太郎が、これも初役でつとめた。代々中村屋はこの役を波乃久里子に教わったとのこと(ほうおう2025年3月号 中村勘九郎インタヴューより)、ああ、久里子ならと合点がいった。久里子はまだ十代のとき、本名の波野久里子として、お久とつとめている。父の十七代目中村勘三郎が長兵衛である。久里子のお久を観たいと思いが募る。さすがに本式の舞台は難しそうだが、「新派の子」の朗読会ならば・・・と妄想にかられながら、勘太郎が丁寧に演じるお久に、久里子の声やしぐさを想像し、新たな楽しみを探っている。文七の中村鶴松も初役である。主に暖簾分けを期待されるほど真面目な働き者だが、少々慌てんぼうで、めそめそ気弱なところがあり、「大丈夫かしらん」と心配になる。お久のようなしっかりした娘が傍に居ればと思わせる「ほどの良さ」がこの役の旨みであろう。鶴松はこれまで角海老のお光を何度かつとめたとのこと。もしかすると、お久も、いや、ひょっとするといつかお兼を演じる日が来るのでは?
悪い人や嫌な人が登場しない人情噺。出来すぎじゃないかと思うけれども、たくさん笑ってちょっぴり泣いて帰路に着く幸せ。このつぎ『文七元結』に会うときも、こんな幸せが味わえるように。
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