因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団文化座特別公演『しゃぼん玉』 

2024-11-20 | 舞台
*乃南アサ原作『しゃぼん玉』(新潮文庫刊)斉藤祐一(文学座)脚本 西川信廣(文学座)演出 公式サイトはこちら 東池袋/あうるすぽっと 11月20日、21日 12月初旬、沖縄/那覇文化芸術劇場なはーと小劇場、うるま市きむたかホールで上演

 2017年の初演以来、全国120ステージを巡演した人気作がこのたび東京ファイナル公演を迎えた。自分はこれが初見である。安らぎのない家庭に生まれ育った主人公の翔人(藤原章寛)はひったくりやコンビニ強盗をしながら関東から九州・宮崎まで流れてきた。運転手を刃物で脅して乗ったトラックから放り出されて山中を彷徨ううち、自分を「ぼう」と呼ぶスマ婆さん(佐々木愛)に出会う。怪我をしたスマを家まで送り、病院へ連れて行った翔人は、心配して駆けつけた近所のおばさん三人衆(色違いのエプロンで登場/高村尚枝、姫路実加、兼元菜見子)からスマの孫と勘違いされたまま食事を振舞われ、車の修理屋(田中孝征)の手伝いをし、スマの旧知のシゲ爺(青木和宣)に山仕事へ連れて行かれ、ずるずると村で暮らす羽目になる。

 公演パンフレット掲載の佐々木愛の挨拶文を改めて読み直す。2000年代はじめにアメリカの北極圏の村を訪れて先住民の暮しを目にした体験にはじまり、カナダでのアーミッシュの人々との出会いが九州は椎葉村の「平家祭り」を知ることに連なり、病床の従姉から「もう読み終えたから」と手渡された乃南アサの『しゃぼん玉』の登場人物たちに、極北に生きる人々に通じる不思議を感じて本作の舞台化を決意したとのこと。山深い椎葉村の自然や伝統ある平家祭りの様子など、舞台にするにはさまざまなハードルがあると思われるが、それでも怯むことなく「舞台にしたい!」という一念で企画を起こす佐々木の意欲と実行力、それに応える劇団員の力はいつもながら素晴らしい。今回も包み込むような温かさが劇場いっぱいに溢れる舞台であった。

 小説の舞台化の場合、主人公が客席に向かってこれまでのなりゆきや自分の心象を語りながら進行する形式になるのは否めない。また見ず知らずの若者を家に迎え入れるスマの圧倒的な優しさ、おばさん方(前述の3人に加えてあとふたり加わってパワー全開/萩原佳央里、小谷佳加)は、うるさいほど明るく世話好き、シゲ爺は古武士のような風貌の迫力で翔人を圧倒し、都会で心に傷を負った美知(深沢樹)との出会いも、うっかりすると「あるある」の凡庸に陥りかねないのだが、若手から中堅、ベテランまで適材適所の配役で、翔人と観客の困惑を吹き飛ばす勢いがあって、いつの間にか舞台に引き込まれてしまう。つい先月アトリエで上演された『紙ノ旗』から続投の俳優方もあり、再演を重ねて台詞も役作りも手の内に入っているのだろうが、大変な奮闘である。

 宮崎県椎葉村の椎葉平家まつり(みやざき観光ナビより。台風10号の被害のため、残念ながら今年は中止されたとのこと)や登場人物たちが鉢植えの花を並べたりなど祭りに参加する様子の映像が映し出される。舞台で実写映像を使う効果については考えるところあり(1,2)。

 佳き物語には佳き心残りがある。スマのほんとうの息子豊昭(津田二朗)は暴れるだけ暴れて去っていった。椎葉村が浮世離れしたユートピアではなく、スマにも修羅があることを否が応にも突きつける人物である。また翔人にも、いつか実の母親と向き合わねばならない時が必ず来る。きれいごとでは済まないだろう。しかし「きっと幸せになれるはずだ」と確信に近い気持ちを抱かせる力、観客の心を正面から開き、思い悩むまま受け止め、抱きしめる温もりが、この舞台にはある。文化座の大いなる魅力であり、財産であろう。

 このところ闇バイトという凶悪犯罪の報道が絶えることがない。関わってしまった若者たちは翔人よりももっと厳しく複雑な状況に置かれていたのかもしれず、物語と現実とは違う。けれども、もし彼等にもスマ婆さんや村の人々との出会いがあったなら、とびきり旨い手料理やゆっくり入れる風呂、柔らかな布団、厳しくとも真っ当な仕事を教わることができたなら…と思わずにはいられない。

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