ある人のデスクに置かれていた一枚の紙は、どうやらファックスで送られてきたもののようです。表題に惹かれ何気なく内容を確かめていたぼくの目が、次の一文に釘付けになりました。
「申込については、下記URL(申込みフォーム)から必要事項を入力のうえ、◯月◯日までに送信してください」
文末には、そのサイトのURLとQRコードが貼ってあります。
はて?
これを受け取った受信者各自は、いったいどのような対応をするのだろうか?
想像をめぐらしてみました。
紙に記載されたURLをひと文字ずつ入力してサイトへ飛ぶ?
まさか、スマホで写真を撮ってURLのテキストをクリックするとサイトへジャンプするという技を知っていたりするのだろうか?
どうしてもぼくの想像は、ファックスというその情報伝達手段ゆえに、受け取り手を勝手に情報弱者と決めつけてしまっていますが、当たらずといえども遠からずでしょう。
そもそもそのQRコードの行く末が謎です。
そこに付いているQRコードをスマホで読み取り、申込みフォームに記入するのは、受け取り手自身なのでしょうか、あるいは他の誰かなのか、それとも誰かに教わりながら自分でやるのでしょうか?
想像は、送信者側の事情へも及んでしまいます。
ぼくが試しにと飛んでみたそこは、それが手づくりか既存のものかは不明ですが、いわゆる申込サイトです。
ということは、その存在や利用方法を知っている担当さんは、ITリテラシーが低いオジサンあるいはオバサンではない。少なくとも、今という時代のWebコミュニケーションというものについて無知ではなく、無視をしてもいないのは確かでしょう。
なのにファックスです。なぜファックスでなければならないのか。そこには何らかの理由でそうあらなければならない理由があるはずです。しかもそれは、少数の声が大きい者の意見ではなく、多数派としてのファックス希望者の存在があるのではないか。
「ファックスで寄越せっていってるだろうが」
「ファックスにしろっていったじゃないか」
そんな声が聞こえたような気がすると同時に、用いたくもない伝達手段をイヤイヤ使っている若者の姿が見えたような気がしました。
といってもぼくは、ファックス通信を全否定しているわけではありません。なんとなれば、実際に未だにそれが主流の業界も少なからずあるようです。以前、物流、卸売、不動産などではそうなのだと聞いたことがあり、驚きつつも、さもありなんと頷けなくもなかった記憶がよみがえってきました。
実際に、視認性、信頼性、確実性、リアルタイム性、誰でも使えて誰でもわかる、かんたん、手軽、、、などなど利点を挙げようと思えばたやすく浮かんではきます。
とある家族経営の薬局に届いた「まみこ」という女からの1通のファックス。そこには「この薬さえ飲めば、この世とも貴方ともさようなら」と意味深なメッセージが。これを宛先を間違ったファックスだと思った薬局の主人は、その返信をファックスで送るが・・・ファックス合戦はエスカレートして行き、事態は予想外の展開に・・・
立川志の輔の新作落語『踊るファックス』は、そんなファックスのメリットとデメリットを上手に活かし、日常ありそうな場面をとんでもない方向に展開させた、まことにバカバカしい傑作だと言えるでしょう(この場に及んではじめて思い当たったこじつけですが)。
日常ありそうな場面がとんでも無い方向に展開する
志の輔師匠の本領発揮のストーリー。
日常ありそうな場面がとんでも無い方向に展開する
志の輔師匠の本領発揮のストーリー。
ただ、それらの利点をメリットとして捉えることができないぼくは使わない。もちろん、周りの人間が使おうとすれば全力で止めるはずです。どのような形で関わっているにせよ、i-Constructionという時代の公共建設業界構成員であるならば、上から下、周縁からど真ん中まで、当然至極のことだからです。
それに、ぼくが引っかかってしまったのは、ファックスが時代遅れだからだということばかりではありません。
ファックスにはファックスで返信。これが情報交換の常道ですし、そうあってこそ双方向コミュニケーションと呼べるものになります(だからこそ志の輔の『踊るファックス』のおもしろさがあります、これもこじつけですけど)。なのに、ファックスの返信を申込サイトからせよと言う。そのチグハグさに引っかかってしまったのでした。
しかし・・・ここでぼくは、ぼくの想像のひとつを思い起こします。
そこに関わる誰もが進んでそうしているわけではないとしたら・・・。
そこにIT化やデジタル化や、ひいてはDXに積極的かつ率先的に携わり、そこで足掻く人たちの葛藤やジレンマが秘められているのだろうなと思うと、少しばかり悲しくなってきました。
そうそう、公共土木の世界では、前をゆく者のひとりとして著名な知人がこんなことを教えてくれたことがありました。
彼いわく、「DXセミナーの案内がFAXで来たんですよ」。
いやそれはきっとジョークというやつですよ。
向こう側はファックスの向こうにいつのがアナタと知って、反応を想像してたのしんでいるにちがいない。
ぼくはそう返しました。
眼の前にあるのは、たかがA4サイズの一枚の紙にすぎません。けれども、それを通じて建設DXについて思いを至らせ、象徴的でさえあると考えてしまったおじさんは思うのです。とはいえ「今という時代」のファックス通信は深いと。