近ごろ流行りのNetflixというやつに登録した。『極悪女王』(白石和彌監督)を観るためだ。全5話を観終わった流れで、間髪を入れず『1985年のクラッシュギャルズ』(柳澤健著)を読んだ。
ふだんは下線、折る、書き込み等々なんでもありで、読了するころには購入時の見る影もなくなってしまう本たちが、今回にかぎってはほぼそのままなのは、『極悪・・・』をべたぼめしていた息子や娘が読むかもしれないと考えてのこと。
だが、そんな目論見も、「あとがき」になってあえなく潰え、思わず知らず端っこを折ってしまったページに書かれていたのは、こんな文章だった。
******人の心を動かすには、その人がその人自身になるしかない。欠点も、弱点も背負った上で、「私は私です」と、開き直ったその人自身を、見せていくしかないのだと思う。(雨宮まみ期間限定ブログ『東京を生きる』より)******
ということで、ゆえあって、「筆を進めることができない」から「書けない」に進行し「もういいか」まで高じたぼくの病も、約20日ぶりでジエンドのほぼ一歩手前から生還できた。どっこい生きている。(たぶん)またつづけられる(かな)。