中岡迂山記念全国書展にぼくがかかわって十数年が経つ。
「全国」という名を冠した展示会であるから、各地から応募があって、入賞者も県内の人ではない場合が多いこともある。
そして、表彰式のあとには懇親の宴がもよおされ、遠来の方々をもてなすのもぼくの役目のひとつだ。
今年のそれは先月末にあった。
東京から来た一団のひとりであった男性がにこやかな表情で言う。
「いや~地元の言葉がいいですね~」
「出てますか?」
ぼくが不審げに問うたのには理由がある。
今どきの田舎者は方言を使わないからだ。
それがぼくより、そう10歳ほども年長ならばいざ知らず、昭和30年代前半生まれであるぼくたちの年代でさえ、意識をしさえすれば日本全国で共通するふつーっぽい話し方はできる。
いわゆる標準語をしゃべるという意味ではない。方言や訛りを極力出さずに会話をすることができるという意味で、ふつーっぽい話し方ができる。
なにもあえてそうする必要はないのだろうが、標準語を是とする国語教育と、テレビを代表とするメディアのせいで、相手が標準語話者だとわかると、知らず知らずのうちに方言や訛りを抑える話し方を採用してしまう人は多い。
そして、それはある種のサービス精神や相手への思いやりから来るのかもしれない。相手に届きやすいように、伝わりやすいように、ふつーっぽい話し方を採用するわけだ。
それは、なにもここだけの話ではないだろう。日本全国どこにでも起こっている現象であるはずだ。
だからぼくは「出てますか?」と問うた。
ことわっておくが、別にわるい気はしていない。むしろ、どちらかといえば機嫌よく訊ねている。
答えは間髪を入れずに返ってきた。
「出てますよ」
「そうか、そうですよね、出ないはずがない」
今度はさらにうれしげだったはずだ。
なんとなればぼくには、忸怩たる思いがあるからだ。
できればバリバリの方言を駆使してコミュニケーションをとりたい。しかし、標準語話者と相対したときにぼくの口から発せられるのは、中途半端な関西訛りの標準語もどきでしかない。故郷を離れて以来、関西、関東、東北と居を変え、日本全国の人たちと付き合ってきた過去がそうさせているという側面もあるのだから仕方がないのだが、なんといっても今のぼくは、まごうことなき高知のひとだ。であれば・・・、むしろ、きちんとした土佐弁をもって相対するのが、本当の意味でサービス精神や思いやりがあるというものだろう。
唐突だが、LINE WORKS AiNote というLINEベースのAI議事録自動作成ツールをご存知だろうか。ベータ版ですでに利用ユーザーが90万人を超え、11月下旬に正式リリースされたものだ。
LINE WORKS ヘルプセンターにある「AiNoteでできること」から、その機能について書かれた文章を引用してみる。
******#会議の内容を記録ブラウザ版、モバイル版アプリで、いつでもどこでも便利に会議内容を録音および管理できます。#精度の高い文字起こしAI技術で様々な言語の音声を精度高く認識し、会議内容をテキストに変換します。日本語、英語、韓国語、中国語(簡体、繁体)に対応しています。#カスタマイズに特化したAI認識社内でチーム、メンバーとよく使う固有名詞や専門用語を「よく使う単語」に登録することで、カスタマイズされたAIモデルが利用できます。。#主要内容の一覧ブックマーク、ハイライト、メモで主要内容をスピディーに記録し、まとめて確認できます。#会議内容の共有を簡単に!ノート共有リンクを作成してメンバーに会議内容を共有できます。
共有リンクは外部からアクセスできず、社内メンバーのみアクセスできます。パスワードの設定や、アクセスできるメンバーを直接指定できます。
******
ぼくがこれを知ったのは先月下旬、正式リリースの直後で、知人のSNSがその情報源だった。
「ほぉ、これはよさげだな」という直観にもとづき、さっそく3つほどの会議で使ってみると、たしかに、その文字起こしと音声認識の精度に驚いた。
ただ、そこに参加しているのは、いずれも土佐弁話者だ。しかも、地元民ばかりを相手にしているのだから、上に記したような事象、すなわち相手を斟酌して、ふつーっぽい話し方をするなどということが起こる余地はない。
したがって、ところどころに意味不明な箇所が散見された。
いかに現代風に、よく言えばソフィストケイテッド、あるいは有り体に申さば軟弱化したとはいえ、土佐弁あるいは土佐訛りを正確に捉えることができるAIは存在しないと見える。
それにしても・・・と、AIの優秀さに舌をまきながら、文字起こしを修正。ChatGPTに議事録としてまとめさせたあと、ふと思いつく。
もしかして、これは土佐弁を理解できないのではなく、読み取り精度の問題なのではないか。これが標準語話者だったらどうなのだろう。
脳裏に浮かんだのは、何ヶ月か前に聴いたある講習だ。ちょうどよいことに、約60分のその講義は録音をしてある。しかもそのスピーカーは、れっきとした首都圏在住の人で、上手い具合に訛りもない。
結果は、ほとんどエラーやミステイクのない見事なものだった。
つまり、LINE WORKS AiNote は、標準語でしゃべる人たちを対象とした場合、驚くほどの高精度で文字起こしをしてくれるスゴ腕のアプリケーションだということがわかった。
しかしその一方で、方言話者が相手だと、その精度はかなり落ち、それを修正するために手間がかかり効率がわるくなる。ならばどうするか。いやいや、考えてもムダなことだと首を振ったぼくは、最新のAIがついてこれないという事実に、少しばかりうれしくなっていた。
非効率上等、方言話者万歳、AIがついてこれない話し方だからこそ存在価値がある、ついてきたけりゃソッチがついてこい、てなもんである。
と言いつつも、録音されているとわかれば、ふつーっぽいしゃべり方になっていたらゴメンねとアタマを掻くしかないのだけれど。