昨日、藤井聡太七冠(21)が京都市で開かれた「王座戦」五番勝負の第四局で、永瀬拓矢王座(31)に勝利しました。(^。^)
前人未到の「八冠達成」、、、すでに、竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖7つのタイトルを保持する藤井七冠は、今回の勝利で王座のタイトルを獲得し、「八冠」を制覇されたのですね。(^-^)
2017年に現行の八大タイトル戦になってから、初めての「八冠制覇」となります。(^_^)
藤井八冠は、2016年、史上最年少となる14歳2カ月でプロデビュー後、いきなり29連勝し、将棋界の連勝記録を更新しました。(^。^)
将棋界に「藤井フィーバー」が巻き起こり、「望外の喜び」なんて、中学生とは思えない落ち着いた言動が注目を集めましたね。(^-^)
昨晩は、ニュースキャスターが「ただ将棋が好きでもっと上手くなりたい」という藤井八冠の姿勢を指して、「大リーグの大谷選手の気構えによく似ている」と表現していましたが、確かにそんな印象があります。(^_^)
トップランナーという重圧もあるでしょうが、今の一途な姿勢を貫いてほしいですね。( ^_^)/~~~
「秋麗や駒に身を寄せただ一途」 祖谷馬関
(注)秋麗は、秋のよく晴れた日をいう。秋うららとも読み、春の「麗か」にかよう、美しく輝き、心がうっとりするような日和。
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
「京都検定対策シリーズ」
【延暦寺】
(1)本尊の薬師如来を祀る建物は 「根本中堂」
(2)延暦寺の山号は 「比叡山」
(3)最澄に伝教大師号を与えた天皇は 「清和天皇」
*貞観8年(866)、清和天皇から最澄に「伝教大師」、同時に円仁に「慈覚大師」の諡号が贈られました。
(4)最澄が建てた延暦寺の始まりの建物は 「一乗止観院」
(5)南都の反対があったかが、最澄の死後設立が認められたのは 「大乗戒壇」
(6)3代天台座主・円仁の大師号は 「慈覚大師」
*円珍は「智証大師」
(7)円仁が著した世界三大旅行記」のひとつは 「入唐求法巡礼行記」
(8)寺基を拡大した慈恵大師と呼ばれる18代座主は 「良源」(角大師)
(9)延暦寺は、東塔・西塔・( )に分かれる 「横川」
(10)園城寺の「寺門」(円珍)に対して延暦寺は「 」と呼ばれた 「山門」(円仁)
(11)白河上皇は意に添わぬもの「比叡の( )」といった 「山法師」
(12)延暦寺<北>は、興福寺<南>と合わせて( )と称された 「南都北嶺」
(13)( )の焼き討ち、復興は( )の時代までかかった 「織田信長」 「徳川家光」
(14)焼き討ちを免れた建物は 「瑠璃堂」
(15)秀吉が園城寺から移築した最古の建物は (西塔の)「釈迦堂」(転法輪堂)
(16)( )と( )を合わせて「にない堂」 「常行堂」と「法華堂」
(17)最澄が灯した( )は、根本中堂に今も輝く 「不滅の法灯」
(18)「山州名跡志」に記される( )は、勅使坂ともいう 「雲母坂」
(19)「往生要集」を著した僧は 「源信」
(20)「国の宝とは何者ぞ、宝とは道心なり」と記された最澄の書物は 「山家学生式」
(21)天台宗初代座主は 「義真」
(22)鎌倉新仏教の宗祖の肖像画が掲げられた建物は 「大講堂」
(23)開祖「最澄」の御廟で、東塔地域と西塔地域の境目にあり、十二年籠山修行の僧が、最澄に食事を捧げる建物は。 「浄土院」
(24)元三大師・良源の住居跡と伝えられ、おみくじ発祥の地とされ、四季に法華経の論議を行うことから「四季講堂」とも呼ばれる建物は。 「元三大師堂」
前人未到の「八冠達成」、、、すでに、竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖7つのタイトルを保持する藤井七冠は、今回の勝利で王座のタイトルを獲得し、「八冠」を制覇されたのですね。(^-^)
2017年に現行の八大タイトル戦になってから、初めての「八冠制覇」となります。(^_^)
藤井八冠は、2016年、史上最年少となる14歳2カ月でプロデビュー後、いきなり29連勝し、将棋界の連勝記録を更新しました。(^。^)
将棋界に「藤井フィーバー」が巻き起こり、「望外の喜び」なんて、中学生とは思えない落ち着いた言動が注目を集めましたね。(^-^)
昨晩は、ニュースキャスターが「ただ将棋が好きでもっと上手くなりたい」という藤井八冠の姿勢を指して、「大リーグの大谷選手の気構えによく似ている」と表現していましたが、確かにそんな印象があります。(^_^)
トップランナーという重圧もあるでしょうが、今の一途な姿勢を貫いてほしいですね。( ^_^)/~~~
「秋麗や駒に身を寄せただ一途」 祖谷馬関
(注)秋麗は、秋のよく晴れた日をいう。秋うららとも読み、春の「麗か」にかよう、美しく輝き、心がうっとりするような日和。
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
「京都検定対策シリーズ」
【延暦寺】
(1)本尊の薬師如来を祀る建物は 「根本中堂」
(2)延暦寺の山号は 「比叡山」
(3)最澄に伝教大師号を与えた天皇は 「清和天皇」
*貞観8年(866)、清和天皇から最澄に「伝教大師」、同時に円仁に「慈覚大師」の諡号が贈られました。
(4)最澄が建てた延暦寺の始まりの建物は 「一乗止観院」
(5)南都の反対があったかが、最澄の死後設立が認められたのは 「大乗戒壇」
(6)3代天台座主・円仁の大師号は 「慈覚大師」
*円珍は「智証大師」
(7)円仁が著した世界三大旅行記」のひとつは 「入唐求法巡礼行記」
(8)寺基を拡大した慈恵大師と呼ばれる18代座主は 「良源」(角大師)
(9)延暦寺は、東塔・西塔・( )に分かれる 「横川」
(10)園城寺の「寺門」(円珍)に対して延暦寺は「 」と呼ばれた 「山門」(円仁)
(11)白河上皇は意に添わぬもの「比叡の( )」といった 「山法師」
(12)延暦寺<北>は、興福寺<南>と合わせて( )と称された 「南都北嶺」
(13)( )の焼き討ち、復興は( )の時代までかかった 「織田信長」 「徳川家光」
(14)焼き討ちを免れた建物は 「瑠璃堂」
(15)秀吉が園城寺から移築した最古の建物は (西塔の)「釈迦堂」(転法輪堂)
(16)( )と( )を合わせて「にない堂」 「常行堂」と「法華堂」
(17)最澄が灯した( )は、根本中堂に今も輝く 「不滅の法灯」
(18)「山州名跡志」に記される( )は、勅使坂ともいう 「雲母坂」
(19)「往生要集」を著した僧は 「源信」
(20)「国の宝とは何者ぞ、宝とは道心なり」と記された最澄の書物は 「山家学生式」
(21)天台宗初代座主は 「義真」
(22)鎌倉新仏教の宗祖の肖像画が掲げられた建物は 「大講堂」
(23)開祖「最澄」の御廟で、東塔地域と西塔地域の境目にあり、十二年籠山修行の僧が、最澄に食事を捧げる建物は。 「浄土院」
(24)元三大師・良源の住居跡と伝えられ、おみくじ発祥の地とされ、四季に法華経の論議を行うことから「四季講堂」とも呼ばれる建物は。 「元三大師堂」