平安京遷都を機に、京都は、それまでの山代国や山背国から、山城国と呼ばれるようになりましたが、その山城国を村の名前に留めています。(^-^)
村の歴史を現在に伝えるのが「恋志谷神社」、、、鎌倉末期に幕府と対立し笠置山に難を逃れるために身を寄せていた後醍醐天皇。( ; _ ; )/~~~
天皇を慕うある高位の女官が遠く伊勢から療養の身にも関わらず駆けつけましたが、天皇は追ってから逃れるために笠置山を発った後でした。(≧∇≦)
事実を知った女官は悲しんで、とうとう自害してしまいますが、「天皇のことを案じ、恋焦がれ、病に苦しむような辛いことは自分一人で十分、人々の守り神になりたい」と遺言を残しました。(ToT)/~~~
女官を哀れんだ人々が祠を建て祀ったのが「恋志谷神社」のはじまりと言い伝えられています。
最後まで「天皇が恋しい、恋しい」と言い続けていたところから、いつしか親しみを込めて「恋志谷さん」と呼ばれるようになりました。
「恋志谷さん」へ通じる恋路橋を歩いて渡ってお参りをすると、願い事がよく叶うとも言われています。( ^_^)/~~~
この恋路橋は、木津川にかかる沈下橋で、別名「大河原橋」とも呼ばれます。m(._.)m
また、童仙房・高尾・田山・今山の茶畑が、2015年(平成27年)4月24日、『日本茶800年の歴史散歩』京都・山城を構成する文化財要素として、日本遺産第1号に認定されました。(^。^)
このうち、田山地区では、京都府指定無形民俗文化財の「田山花踊り」があり、色とりどりの切紙を四段に飾り重ね、上端にゴヘイと枝垂れ花をさしたシナイを背負い胸につけたカンコで調子をとりながらの踊りは華やかで、雨乞いの踊りだそうです。(^-^)
ちなみに、『キングオブコント2015』王者の芸人コンビ「コロコロチキチキペッパーズ」のボケ担当・ナダルさんは、この南山城村のご出身だそうです。(^。^)
「山城の恋路を辿り振り向けば
涙雨降る花踊りかな」
by 祖谷馬関