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ただこの身の所有と考えられるあらゆるものを、捨てようとも、保留しようとも思わず、自然法爾(あるがままに仏の大悲に身を任せること。親鸞の晩年の境地)にして大悲の光被を受けるのである。これが日本的霊性の上における神ながらの自覚に外ならぬのである。
・・・・ 日本的霊性のみが、因果を破壊せず、現世の存在を絶滅せずに、しかも弥陀の光をして一切をそのままに包被せしたのである。・・・
日本的霊性 完全版
鈴木大拙 著
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やっと繋がってきました。何回読んでますのやという感じですが、嬉しいです。
より深まりますね。
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逆のものさし講サイコー
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御恩に感謝いたします。