今日で今年も百日目、コロナ、ウクライナであっという間
である。いずれも「先が見えない」のが共通。
朝刊に、残り任期が一年となった黒田日銀総裁の九年間の
「実績」が載っている。アベノミクス、コロナ、ウクライナ
に翻弄されたとみよう。七十七歳、当然だが次はない。
1.物価 ー0.2%→+0.6%(目標2%)
2.為替 1ドル86円→121円
3.日銀が持つ上場投資信託 1兆円→36兆円
4.日銀の国債保有高 115兆円→529兆円
昨日も日光街道の小金井宿、石橋宿と歩いたが、前回分
の新田宿へ向かうところである。
小山御殿跡、小山(祇園)城址と寄り道を終わり、日光
街道に戻る。途中の天翁院の本堂を脇道から覗く。参道は
国道4号を越えて日光街道まで数百メートルもある。
その日光街道の参道入口、和菓子屋脇の道である。参道の
奥を覗いたショットはなぜかピンボケで割愛。
日光街道はしばらく県道265号を真っすぐ進む。途中の
両毛線の踏切には「奥州街道」と書かれる。
県道が国道4号に合流する手前、日枝神社の参道入口に
大ケヤキが立つ。奥にあと2本、樹高三十メートルを超す
大ケヤキがあるがいずれも樹齢四百年以上。
日枝神社の社殿はこのケヤキ近くにあったが、もっと奥
にあった小山城の北の守り「木沢の砦」跡に移され、この
参道が作られたという。
日光街道は喜沢分岐点の交差点の先で県道とも別れ小道と
なって右に入って行く。この細さは栗橋宿の手前以来である。
左手に雑木林が始まってすぐ、こんもりとしたところが、
江戸から二十一里目の喜沢一里塚跡というが何の標識もない。
反対側の東塚はラブホの敷地内なので何もないだろう。
やがて右手に宇都宮線と東北新幹線が密接。旧日光街道は
もっとふくらんで通ってしたかも知れない。新幹線の高架が
つくるこの日影が助かる。今日も「暑い日」である。
やがて現れた「ふれあい公園」のベンチでおにぎりの昼食。
高架の奥に見える桜並木、地図を見ると「大沼」とある。
アンダーパスの歩道で行ってみる。
満々と水を湛えた「大きな沼」を予想したが干潟のよう。
しかし満開の桜と広々とした風景は寄り道して正解。
午後の部は次回。