ちょっと待った、そのスシは本物?
2017年9月5日(火)17時30分 Newsweek ウィンストン・ロス
アメリカでもすっかり市民権を得たスシだがメニューとは異なる魚が使われていることも
アメリカ西海岸でも美しい自然で知られるオレゴン州。その第3の都市ユージンの中心部から少し離れたところに、スシ料理店「マメ」は
ある。
料理店といっても、粗末な小屋の外壁にはオレンジ色の太陽と巨大なカマキリの絵が描かれていて、どちらかというと怪しいバーと
いう雰囲気だ。やや不安に駆られながら中に入ると、19席しかない店内はほぼ満席。予約なしでは夜10時前に入店するのは
難しいという。
カウンターの向こう側では、オーナーシェフのタロウ・コバヤシが、見たこともないようなピンク色のマグロを切り分けている。
赤いTシャツに野球帽をかぶったコバヤシは、寿司職人のイメージとは程遠い。だが、彼が魚について語るのを聞くと、この店の
人気の秘密が分かる。
コバヤシは原産地(水揚げ港や漁師)が分かっている魚しか仕入れない。また、どんなに客に人気の魚でも、旬でなければ出さない。
たとえ旬でも、最もおいしく食べられるタイミングを待ってから提供する(例えばマグロなら水揚げから5日後がいいという)。
自分が扱う魚についてよく知っていることは、「本当に重要だ」とコバヤシは言う。鮮魚料理の店をやっているのだから、質の高い素材
にこだわるのは当然だと思うかもしれない。だが、世界のほとんどの「スシ料理店」では、何だか分からない謎の魚が平気で使われて
いる。
国際海洋環境保護団体オセアナの16年11月の報告書によると、ここ10年ほど、世界の消費者が口にする水産物の30%は、
商品名と実物が異なる「偽装表示」だという。
「フエダイは87%が偽装だって?」と、コバヤシは言った。「ひどいな。怒るべきだ」
少しずつだが変化は起きている。特にオレゴンは、トレーサビリティ(生産・流通の履歴管理)について意識の高い業者が多い。
最大都市ポートランドの「バンブー・スシ」では、メニューに「持続可能な水産物」の認証マークが並ぶ。店員も魚や産地に関する
質問に快く答えてくれる。アメリカのスシ料理店ではめったにない経験だ。
「ほとんどのスシ料理店は家族経営だ」と、バンブーのクリストファー・ロフグレンCEOは語る。「そういう店は、地元の流通業者に
電話して予算を告げ、適当な魚を提供してもらう」
だがロフグレンは、こうした魚が「適当」だと思えなかった。バンブーでは、質の高い魚だけを手頃な価格で提供したかったからだ。
だから1年半かけて、信頼できる漁業者と長期契約を結び、独自の供給網を構築した。
これに対してアメリカで消費される水産物の92%は輸入品だと、食品トレーサビリティを提供するトレースレジスター社の
フィル・ワーデルCEOは言う。
スズキの8割は偽装魚?
世界の港で水揚げされる水産物の大部分は、無数の個人漁業者からもたらされる。それが冷蔵トラックに積まれ、市場、加工工場、
量販店などへ運ばれる過程で、誰がどこで釣った魚かといった情報は失われてしまいがちだ。最悪の場合、意図的に変えられて
しまうこともある。
オセアナがイタリアで行った調査では、スーパーマーケットやレストランで提供されているスズキ、ハタ、メカジキの82%が偽装表示
だった。最もよく使われていたのは安い白身魚のアジアナマズで、スズキやハタなど18種類の魚に偽装されていた。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)などが12~15年にロサンゼルスのスシ料理店26軒を調べたときは、半数近くが
メニューの表示とは異なる魚を提供していた。
こうした状況を米政府も放置しているわけではない。米商務省は14年、「違法・無報告・無規制漁業および水産物偽装撲滅対策本部」
を設置。18年1月にも、輸入水産物のトレーサビリティの新規則の導入を目指す。
この新規則では、魚種名はもとより漁獲者情報(漁具や養殖施設を含む)、漁獲日、加工業者、流通業者などの記録保持が
求められる。対象となる魚種は限定的だが、「何もないよりましだ」と、オセアナのベス・ローウェルは言う。
だが、大きな負担を強いられることになる水産業者の間では、規則導入に反対する声もある。全米漁業研究所の広報担当
ガビン・ギボンズは、現行の規則で偽装水産物を取り締まることは十分可能だと言う。問題は規則が十分執行されていないことだ。
それでも16年、カリフォルニア州サンタクララ郡では、養殖チカダイをペトラーレカレイとして提供したレストランに12万ドルの罰金が
科された。15年には同州サンディエゴ市で、8軒のスシ料理店が偽装表示の魚を提供したとして罰金を科された。
消費者の目(と舌)も肥えてきたようだ。バンブー・スシがポートランドに1号店を出した08年、客の数は年間3万人程度だった。
それが16年には36万人まで増えた。魚の原産地について質問する客は減ったが、それは店への信頼が高まったからではないかと
ロフグレンは言う。
持続可能な漁業への関心も高まっている。非営利の国際団体、海洋管理協議会から「持続可能な水産物」の認証を得た水産物は
14年より6%増えた。認証を申請する業者も約16%増えた。
「大事なことだ」と、コバヤシは太平洋産メバチマグロを指差して言った。「子供たちの世代もマグロを食べられるようであってほしいから
ね」