水溶性食物繊維が与えられないと、腸の粘液バリアが弱まる

  福田氏によると、腸内細菌叢の多様性を高めることが、全体的には健全な腸内環境づくりに

つながるという。

では、食事で健全な腸内環境に近づくにはどうすればよいか。


「まず挙げられるのは、食物繊維を含む食品を摂るということです。特に穀物や海藻などに多く含まれる

水溶性の食物繊維は、腸内細菌のエサになりやすいです」

 胃や小腸では、食物繊維をほとんど消化できない。そのため、食物繊維は腸内細菌の大半が

棲みついている大腸にたどり着き、そこで細菌のエサになる。食物繊維には水に溶ける水溶性食物繊維と

水に溶けない不溶性食物繊維があるが、水溶性食物繊維の中にもさまざまなものがあり、それらが

多種多様な腸内細菌のエサとなる。つまり、さまざまな種類の水溶性食物繊維を摂ることで、腸内細菌叢の

多様性は改善されていくわけだ。


 腸内細菌叢と食物繊維との関係をめぐって、福田氏は「興味深い論文も発表されています」と言い、

生命科学誌『Cell(セル)』の記事を示す。

ミシガン大学医学部のエリック・マルテンスらのグループが2016年に発表した「食物繊維が不足すると、

ある種の腸内細菌が腸管の粘液層を分解してしまい、その結果、腸管感染症に対する抵抗性を

弱めてしまう」といった内容の論文だ*1

要旨には、「規則的な食物繊維の摂取が、腸の粘液バリアの破綻を防ぐのを助けるとともに、

腸管感染症による大腸炎を抑制する」とある。


「この研究では、ヒトの腸内細菌叢を定着させたマウスに、一方は食物繊維なしのエサを、他方は

食物繊維が豊富なエサを食べさせました。すると前者では、腸内細菌が食物繊維を得られないため、

代わりにムチンという粘液性の物質をエサとしてどんどん食べてしまう細菌が増えました。

それにより、腸内の粘液バリアが減少し、腸管感染症への抵抗性が下がってしまったと報告しています」

 

この研究では、精製して粉状にした食物繊維を摂取させた場合と、食事に含まれる食物繊維をそのまま

摂取させた場合とでは、後者のほうがムチンが減ってしまうダメージを軽減できたとも報告している。

*1Mahesh S. Desai et al. (2016). A Dietary Fiber-Deprived Gut Microbiota Degrades the Colonic Mucus Barrier and Enhances Pathogen Susceptibility. Cell 167, 1339-1353.

 

 

腸内細菌叢に影響を与える水溶性食物繊維

 大麦にはβグルカンという水溶性の食物繊維が多く含まれているが、食事で大麦を摂ると、

次の食事(セカンドミール)をとった後に血糖値が上がりにくくなる。このように、最初に摂った

食事が次に摂る食事後の血糖値に影響を与えることを「セカンドミール効果」という。

だが、この効果には個人差がある。


 福田氏は、2015年に『Cell Metabolism(セルメタボリズム)』誌に発表された、別の論文を

紹介する*2

「『プレボテラ属』と呼ばれる細菌が腸内に多くいる人で、大麦摂取によりその割合がさらに増加した

人では、血糖値の上昇を抑制するセカンドミール効果がより顕著に認められました」


 このプレボテラ属という細菌は、食物繊維が含まれる炭水化物をよく摂っている人の腸内に多く

いることが知られている。腸内細菌のエサになる水溶性食物繊維は、セカンドミール効果をもたらす

細菌を増やすのにも、その細菌がセカンドミール効果をもたらすのにも、関与していることが

明らかとなった。

逆に、炭水化物よりも脂肪やタンパク質をよく摂っている人の腸内には「プレボテラ属」が少ない

傾向にある。


「最近の研究で同じ食物繊維を摂っても、個人の腸内細菌叢のタイプによって、その効果に

差があることが分かってきました。自分に合う食物繊維を摂るのがベストですが、自分の腸内細菌叢の

タイプが分からない方が現状はほとんどだと思います。自分に合う食物繊維に出会うにはいろいろ

試してみることが大事ですが、大麦など多種類の食物繊維を含む食品は、最初の選択肢としては

有効かもしれません」


 さらに福田氏は、こう続ける。


「糖質制限をしている複数の人たちの腸内細菌叢を調べたところ、糖質制限前後でそのバランスが

変化していました。この変化が良いことなのか悪いことなのかは今後の研究課題ですが、

変化するということを理解しておく必要があると思います」


 このような近年の研究成果からも、腸内細菌叢をよい状態に保つ上で、水溶性食物繊維の役割の

大切さが分かる。後篇では、水溶性食物繊維を腸管全体に広く届かせられる穀物に着目し、その機能性を

評価する消化器内科の臨床医に話を聞いていきたい。

*2Petia Kovatcheva-Datchary et al. (2015). Dietary Fiber-Induced Improvement in Glucose Metabolism Is Associated with Increased Abundance of Prevotella. Cell Metabolism 22, 971–982.

 

 
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