【社説】スリランカで起きたキリスト教徒虐殺
イースター(復活祭)の日曜日にスリランカで起きたキリスト教徒虐殺は、宗教的憎悪を抱く
殺人者らが依然として、世界中の罪なき人々の脅威になっていることを思い出させる衝撃的
事件となった。中東以外での大規模なテロ攻撃はここ数カ月の間は減少していたが、これは
テロ計画が少なかったのではなく、欧米諸国が先制攻撃に注力した効果の方が大きかったのだろう。
コロンボおよびその周辺の外国人にもよく知られている3カ所の教会と、複数のホテルで
爆発が起き、記事執筆時点で分かっているだけで、少なくとも207人が死亡し、数百人が負傷した。
犠牲者の中には、少なくとも27人の外国人が含まれており、マイク・ポンペオ国務長官によれば、
米国人も「数人」死亡したという。
世界の指導者らはこれを「人類」に対する攻撃として糾弾しているが、間違えないでほしい。
これはキリスト教徒に対する攻撃だった。犯人は特別何もない普通の日曜日を選んだわけではない。
爆発は、キリスト教のカレンダーで最も神聖な日に、信仰の場で礼拝の最中に起きたのだ。
犯人は2017年の聖枝祭の日曜日にエジプトで起きたコプト正教会の爆破事件から残虐な犯行の
ヒントを得たのかもしれない。われわれが復活祭の日の朝にニューヨーク市の教会を訪れた際、
警察は辺りを警戒していたが、それは理由があってのことだった。テロ事件があると、しばしば
警察がユダヤ教礼拝所の外を警戒しているのと同様だった。
スリランカ当局は日曜夜までの時点で、この攻撃に関連して数人を拘束したが、その身元を
明らかにしていない。ラニル・ウィクラマシンハ首相は、攻撃の可能性を示唆する情報が
拡散していたが、内閣には届いていなかったと述べた。
スリランカには、内戦にからんでテロ事件が頻発していた悲惨な歴史があるが、近年は少なく
なっていた。キリスト教徒(7.4%)とイスラム教徒(10%)は、仏教徒が多数派のスリランカに
おいて少数派だ。
大きなテロ事件のない期間が続くと、気の緩みが自然と生じる傾向がある。そして、21日に
スリランカで起きたようなことによって、われわれが注意を払わなかった報いを思い知らされるのだ。
脅威はこれから先何十年もわれわれの元を離れることはないだろう。警戒は常に必要だ。