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日本郵政「M&A蟻地獄」、お荷物の郵便抱えた民営化の末路

2017-05-25 14:00:18 | 日本経済・輸出入

日本郵政「M&A蟻地獄」、お荷物の郵便抱えた民営化の末路

2017.5.25  DIAMOND online

民営化し株式を売り出した時、赤字転落を誰が予想しただろう。豪州の物流会社トールの買収に失敗し、4003億円を減損処理した日

本郵政。「損失は一括処理で解消された」と長門貢社長は言う。本当だろうか。


 日本最大の金融機関・ゆうちょ銀行を抱え全国2万4000の郵便局を擁する巨大組織は、今もって確かな未来を描けないままだ。

「全国一律の郵便事業」というユニバーサルサービスを担いながら、市場競争に晒される。二兎を追う苦し紛れが「M&A依存」を招い

た。競争原理と縁遠いお役所企業が、異業種を買収して経営するのは至難の業である。


貯金で儲けて郵便を支える、明治以来の郵政の姿

 日本郵政グループの稼ぎ頭は、今も昔も「郵貯」である。世界8位、日本では3メガバンクを尻目に207兆円の資金を抱える巨大銀

行だ。潤沢な資金が生む利ザヤによって、郵便事業という公共インフラを担ってきた。それが明治以来の姿だった。

 

その構造をもう少し詳しく説明しよう。


 統一国家を実現した明治政府は情報インフラの整備に向けて郵便事業を始め、津々浦々に郵便局を設けた。同時に庶民の零細預

金を集め国家事業に振り向ける貯金を奨励する。富国強兵を支え、戦後は高度成長の中で郵貯は国家の財源となり「第二の予算・財

政投融資」の原資となった。資金は大蔵省(現財務省)が一括管理し、鉄道・港湾など産業基盤の整備に投じられた。庶民の貯蓄は日

本列島に循環する成長資金となった。


 政府は郵貯を優遇した。民間の金融機関では扱えない有利な貯蓄商品や税金への配慮がなされ、郵貯は庶民に支持されたが、や

がて銀行から目の敵にされる。高度成長が終わると、郵貯を振り向けた先に「不良債権」が発生した。穴埋めに税金が投入される。


 庶民の貯蓄を自分のカネのように使う傲慢な官僚への批判も重なり、「郵貯を市場原理に」との声が高まり、郵政民営化が叫ばれる

ようになる。石油ショックを経て成長の鈍化が目立った1980年代からである。


郵貯だけを見ると「民業圧迫」と言われても仕方がない。だが郵貯は郵便事業の赤字を埋める、という役割を担ってきた。


 郵便は日本の近代化や情報化に貢献してきた。やがて通信の主軸は手紙から電話へと移り、電気通信は一足先にNTTとして独

立。民営化に向かない紙の郵便は取り残された。地域に根付く郵便局は、独立も撤退もできない。ソロバン勘定には合わなくても地域

の拠り所としての役割を負った。


はがき値上げで300億増収も焼け石に水。非効率抱え人件費上昇に脅かされる

 この構造を反映したのが事業3社の違いである。郵政民営化は紆余曲折の末、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵便の3社体制に

なり、3社を日本郵政がホールディングカンパニー(持ち株会社)として統括する。つまり4社体制である。


 民営化というと「上場=株放出」が思い浮かぶが、上場されたのはゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵政の3社だけである。日本郵

便は外された。「投資に値する企業」と世の中を納得させるストーリーを描けない。


 そんな日本郵便は、持ち株会社の日本郵政が抱え込むことで「おまけ」として民営化に加わったのである。この「おまけ」が4000億

円の減損処理の原因をつくった。


 インターネットの普及で、はがきに代表される郵便の市場は縮小の一途だ。日本郵便は非上場だが、非正規も含め社員40万人を抱

えグループの骨格をなす会社だ。この会社が元気にならなければ郵政民営化は成就しない。


 ところが2017年3月期の決算を見ると、日本郵便の営業利益は190億円だが、そのうち120億円は金融窓口事業。つまり郵貯や

簡保を売った手数料である。本来の事業である郵便・物流事業は20億円しか稼いでいない。


 郵便事業がどれだけの赤字になっているかは公表されていないが、日本郵政は「赤字解消」を理由に6月から郵便料金を値上げす

る。はがきを10円上げて62円にすることで、300億円の増収になると見ている。


 ところが2018年3月期の決算予想では、日本郵便の純利益は130億円。値上げで300億円も売り上げを嵩上げしながら130億円

しか収益が上がらない。それもほとんどが金融商品を売る手数料による稼ぎだ。

 郵便事業は「ユニバーサルサービス」の担い手だ。過疎地や離島にも拠点を置き、全国一律のサービスが郵政の社会的責任と

なっている。事業改善のため人件費が切り詰められた。2万4000ヵ所の郵便局は、かつてほとんどが正規の郵政職員だったが、

今では約半数が非正規だという。最近の「人手不足」で非正規の給与を上げざるを得なくなっている。ユニバーサルサービスは、

人手に負うところが大きい。40万人を擁する郵便事業は人件費の上昇に脅かされている。


 郵便料金の値上げは24年ぶりという。だが値上げで非効率を食い止めることはできない。料金値上げが利用者離れを誘ったのがか

つての国鉄だった。分割民営化で命脈を保ちたが、都市を結ぶJR東海は大儲けしたが、へき地を抱えるJR北海道や四国は惨憺たる

有り様。全国一律の郵便事業は北海道や四国を切り離すことはできない。


 民営化で郵貯も簡保も収益性を求められ、郵便の赤字を補填する余地はない。持ち株会社にぶら下がる日本郵便の経営悪化は、

日本郵政の株価に影響を与える。


似て非なる「郵便」と「国際物流」。絵に描いたようなM&A失敗

 郵便の未来は暗いと見た日本郵政が打ち出したのが、「国際物流への進出」だった。この分野ではドイツのブンデスポストが欧州市

場で成功している。例に習ってアジア進出の足掛かりにしようとしたのがオーストラリアのトールだった。


「高値つかみだった」と長門社長が言うように、絵に描いたようなM&Aの失敗である。2006年に東芝が買収したウエスティングハウ

スが2016年に弾けたように、買収の失敗は10年ほどして顕在化することが多い。トールの場合、2年で誰の目にも明らかになった。

「高値つかみ」どころか、企業価値の査定がきちんとなされていなかったのではないのか。買収を仲介したみずほ証券にいくら手数料

を支払ったかは公開されていないが、6200億円の買収なら仲介業者は100億円を超える手数料を取るのがこの業界の常識だ。


 トールの買収は2015年、株式上場に向けて行われたものだ。関係者の間では「エクイティーストーリーが必要だった」と言われてい

る。エクイティーストーリーとは「投資家向け物語」。株の売り出しには、投資家をわくわくさせる魅力的なストーリーが欠かせない。日

本郵政は面白いことをやりそうだ、という期待感を煽って株を買わせる。証券会社と組んで発行会社がやる手法である。


 日本郵政は投資家を胡麻化しただけでなく、自分も騙されたのではないか。トールは決算を良く見せようと目いっぱいお化粧し、売却

後の業績は急激に悪化した。日本郵政が強調した「シナジー効果」、すなわちトールの物流拠点と日本郵政が培った宅配技術が結合

すれば、アジアに日本主導のネットワークが広がる…。


「地域を知り尽くし半径10キロで育った郵便と、国境や言語の違いを超える国際物流は似て非なるもの」。関係者は今になって言う。


買収の失敗を認めながら、日本郵政はトールを売却して処理する考えはないそうだ。リストラして再建するという。しかし、持ち続けるリ

スクをどう考えているのだろう。


 トールは買収・合併を続けて大きくなった会社である。事業や組織に重複がある。業績がいい時は、それぞれが競い合って事業を拡

大するが、逆風になると仕事の取り合いや責任の押し付け合いなど問題が起こりがちだ。


 アングロサクソンのビジネス風土は会社への忠誠は薄い。仲間でチームを作り会社を渡り歩く。業績が悪化すると、さっさと辞めてし

まう。事情が分からない日本人が経営者としてやって来てあれこれ言えば、「人材がいなくなる」というのがこの世界だ。M&A業界の

言葉で「ドンガラを買う」と言う。大きな会社を買ったつもりが、従業員がどんどん辞め、結果として図体だけ大きい非効率な会社を買う

結果になる。トールはいまリストラを進めているが「ドンガラ化」する恐れはないのか。4000億円の減損処理で終わり、といえるほど事

態は甘くはない。


郵政株売り出しに新たな「物語」が必要。野村不動産買収は苦肉の策か

 トールの失敗で郵政グループの株価は、売り出し価格を割り込んだ。裏切られた思いの投資家は少なくないだろう。財務省も頭を抱

えている。政府保有株の売却で1.4兆円を稼ごうと期待していたからだ。新たなエクイティーストーリーが必要になった。


 野村不動産の買収という情報が漏れ伝わっている。日本郵便には局舎や従業員宿舎などがたくさんある。「プラウド」のブランドでマ

ンションの分譲を手掛ける野村不動産をグループに取り込めば新たなビジネスに乗り出せる、というのだ。


 野村不動産の筆頭株主は野村證券。郵政株の売り出しの主幹事を務める証券会社だ。身内で作った苦肉の策とも思えるが、常に

新しい「物語」を出し続けないと日本郵政は株価を維持できないのかもしれない。


 金融事業と一体となって郵便事業の損を埋める、という構造が民営化で壊れた。市場原理とは別の世界にあるユニバーサルサービ

スを抱えたまま株価を気にするビジネスに突入した咎めである。


 では、独立事業となった郵貯は日本最大の金融機関としてメガバンクを蹴散らすことはできるだろうか。これも無理としかいいようが

ない。郵便貯金は大蔵省の下請けとして資金を集めていた貯蓄機関でしかなかった。集めたカネを自分で運用した経験がなかった。


 民営化され独自運用が始まったが、企業への融資などできない。審査能力がなく、融資判断ができない。結局、国債を買う機関にと

どまっている。


 今の低金利が郵貯の息の根を止めかねない事態となった。利子を付けて貯金を集める郵貯にとって、マイナス金利は死活問題だ。

国債中心の運用が壁にぶつかっている。やむなくアメリカ国債など外国債券へと運用を増やしているが、為替リスクを背負うことになっ

た。今では207兆円の運用資産の25%が外国証券である。


始まりは銀行とアメリカの都合。誰のための郵政民営化だったのか

 思えば郵政民営化は、事業主体である日本郵政や郵政省が望んで始めたことではない。「民業圧迫」を批判する銀行業界が「同等

の競争条件で」と言い出した。それに政治家が乗った。背後には自民党への政治献金や融資があった。


「民営化」の圧力は米国からもやって来た。日本市場の閉鎖性や、政府を後ろ盾とする郵貯・簡保は「アンフェアだ」と批判した。アメリ

カの狙いは、郵貯に溜まる膨大な資金をウォール街が取り込むこと。国際収支が万年赤字の米国は、世界から資金を集め再分配する

ことで金融資本に活躍の場を設けてきた。貯蓄大国日本のカネは垂涎の的だった。さらに日本の金融市場で商売するには営業拠点

が欠かせない。郵貯のネットワークを手中に収めれば怖いものなしだ。


 銀行とアメリカの都合で始まった郵政民営化で郵貯が躍進するとは思えない。

 困り果てたゆうちょ銀行が、いま力を入れているのは投資信託の販売である。金利がないも同然の貯金には魅力はない。「有利な

運用ですよ」と元本保証のない投資信託を売っている。売る側にとっておいしい商売である。


 どこの銀行もそうだが、売る側は顧客の金融資産を知っている。口座に1000万円預金があれば、「500万円ほど投信に乗り換えた

らいかがですか」と誘う。スズメの涙ほどの利息にウンザリしている預金者は「では投信でも買ってみるか」という気になる。


  500万円で投信を買った途端、5万~10万円の販売手数料が銀行側に落ちる。低金利の今日、10年分の金利に等しい。

 右のポケットから左のポケットに預金者の資産を動かしただけでガッポリ手数料を抜く、というのがいまの投信ブームだ。

 ゆうちょ銀行も「手数料収入に経営に軸を移す」という。少額貯蓄が民営化の食い物にされている。

 ホールディングカンパニーである日本郵政は、M&Aのカモにされ、郵貯の現場では長年の顧客を投信のカモにする。


 誰のための郵政民営化だったのか。