ソマリアの少女、飢える一族救うため失った自由と夢
ドーロ(ソマリア) 10日 ロイター] - 乾ききった低木地の広がるソマリア南部の村では、井戸が涸れ、家畜が死んでいった。そんな苦しい状況下で、アブディル・フセインさんが家族を飢餓から救うために残された最後のチャンスは、14歳の娘ゼイナブさんの美貌だった。
ゼイナブさんは左から2番目。3日、ソマリアのドーロで3日撮影(2017年 ロイター)
年配の男性が昨年、ゼイナブさんとの結婚支度金として1000ドル(約110万円)を渡すと申し出た。エチオピア国境に近いドーロの街に親族もろとも引っ越すには十分な金額だ。ドーロでは、国際支援機関が壊滅的な干ばつから逃れてきた各世帯に食料と水を供給している。
だが、ゼイナブさんは結婚を拒んだ。
ソマリアのドーロで2日撮影(2017年 ロイター)
「死んだ方がまし。茂みに駆け込んでライオンに食べられた方がまだいい」と黒い瞳を持つ細身の少女は、高く柔らかい声で語った。
「そうすれば、私たちはここに留まって餓死し、動物たちに骨まで食い尽くされることになる」と彼女の母親は言い返した。
10代の少女とその母親が交わした会話は、2年に及ぶ干ばつを経て、ソマリアの家族たちが突きつけられている典型的な選択だ。「アフリカの角」に位置するソマリア全域で、作物は枯れ、白骨化した家畜の死体が散乱している。
この災害は、アフリカから中東にわたって2000万人の住民を脅かしている飢餓と暴力の一部にすぎない。
ソマリアのドーロで3日撮影(2017年 ロイター)
国連によればソマリアの人口1200万人の半数以上が支援を必要としている。2011年にも似たような干ばつが発生し、何年も続く内戦によって状況がさらに深刻化したため、26万人が命を落とすという世界的にも大規模な飢饉が発生した。現在この国は、ふたたび飢饉状態の瀬戸際まで追いやられている。
犠牲者は今のところ数百人程度だが、3─5月も降水量が改善しなければ、その数は急増するだろう。見通しは楽観を許さない。
ソマリアのドーロで2日撮影(2017年 ロイター)
米国のトランプ大統領が国際援助予算の削減をちらつかせるなかで、国連は、ソマリア、ナイジェリア、イエメン、南スーダンの4カ国における干ばつと紛争により、第2次世界大戦以降で最大となる人類の集団災害が現実化しつつあると指摘する。
オブライエン国連事務次長(人道問題担当)は3月、安全保障理事会に対して、「私たちは歴史の臨界点に立っている」と述べた。「国連が創設されて以来、最大の人道的危機に直面しているのだ」
国連は7月までに44億ドルの資金を必要としているとオブライエン事務次長は語る。だが、これまでに国連が受領したのは5億9000万ドルに過ぎない。
ゼイナブさんの6歳の妹。4日撮影(2017年 ロイター)
<辛い選択>
統計数値には表われないが、家族たちは日々、生き残るために胸を締め付けられるような選択を余儀なくされている。
フセインさんは、ゼイナブさんの自由を、彼女の姉妹の生命のために売り渡した。
アブディル・フセインさん。4日撮影(2017年 ロイター)
「とても辛い気持ちだ」とフセインさんはロイターに語った。棒とボロ布、ビニールシートでできた粗末なテントには、彼女と14人の親族が身を寄せ合っている。「あの子の夢を終わらせてしまった。しかし結婚支度金がなかったら、私たちは全員死んでいたはずだ」
ゼイナブさんの手は染料の色に染まり、10代の子供らしく、自分でした落書きの跡がある。ぴったりとしたスカーフを頭に巻き、一番下にラインストーンで装飾を施したズボンの上に、長い淡褐色のスカートを履いている。内に秘めるのは鉄のように強固な意志だ。彼女は英語の教師になりたがっている。学校を卒業したいと思っている。彼女は結婚などしたくないのだ。
「私が求めているのは、こんな状況ではない」と彼女は言う。2歳の甥は裸で砂の上に横たわり、その弟である赤ん坊が弱々しく泣いている。
化粧をするゼイナブさん。4日撮影((2017年 ロイター)
ゼイナブさんの夢の引き換えとなったのは、20人の姪や甥たちの命だ。彼らの母親はゼイナブさんの3人の姉で、若くして結婚したが、いずれも夫に死別するか離婚している。他にも、心配事でやつれた兄や、すきっ歯の妹、それに中年にさしかかった両親がいる。
かつて一家は牛やヤギを飼い、3頭のロバを馬車につないで移動手段として使っていた。だが家畜たちは死んでしまい、彼らがこの状況から逃れるための唯一の希望はゼイナブさん自身となってしまった。
皿を洗うゼイナブさん3日撮影(2017年 ロイター)
1ヶ月にわたって彼女は結婚を拒否し、ふさぎ込み、部屋に閉じ込めておくことを家族が忘れたときには逃げ出した。だが結局、家族のあまりの困窮ぶりに、彼女の気持ちは折れた。
「娘に強制したいとは思わなかった」と母親は憂鬱そうに言う。心労のために額には皺が刻まれ、娘は硬い表情のまま隣に座っていた。「ストレスで眠れなかった。あまりにも目が疲れていて、針に糸を通すこともできなかった」
3日撮影(2017年 ロイター)
支度金を受け取り、祝福を受けて結婚は成立した。ゼイナブさんは3日間、婚家に留まった後、そこを逃げ出した。
家族が自動車を借りて40キロ離れたドーロに移ったとき、ゼイナブさんも同行した。彼女は地元の学校に入学した。簾(すだれ)で壁を作り波形の鉄板で屋根をふいた教室には、教師が10人、生徒は約500人いた。
夫は後を追ってきた。
「彼は、自分を拒むなら金を取り戻さなければならない。さもなければ力ずくで彼女を取り戻す、と言った」とザイナブさんは静かに語る。「金を返せ、さもなければ夫としてお前のそばにいる、というメッセージを彼は私に送ってきた」
家族には支度金の一部でさえ返済することはできない。彼らのわずかな財産は、シミの付いた発泡素材のマットレスが2枚、調理用の鍋が3つ、その場しのぎのテントを覆うオレンジの防水シート、たったそれだけだ。他には何も売るものはない。
3日撮影(2017年 ロイター)
そこで、ゼイナブさんの英語の教師であるAbdiweli Mohammed Hersiさんが仲介役を買って出た。干ばつのために学業を諦める生徒を彼は何百人も見てきた。
<結末>
Hersiさんはゼイナブさんを地元の支援団体のもとに連れて行き、彼女をイタリアの支援団体に紹介した。欧州連合(EU)の資金提供者と一緒に視察に訪れていた地域コーディネーターは、介入を決意した。
「この少女のために何かしなければならない」。祈祷への呼び掛けが屋根を通して聞こえてくるなか、説明を聞くために集まった同僚たちのために茶を注ぎながら、Deka Warsameさんはそう語った。「さもなければ、毎晩レイプが行われることになってしまう」
彼女のスタッフは献金を募り、支度金の返済に足りるだけの現金を集めた。そしてゼイナブさんに、支援団体が両家の男性会合で仲裁を行うと語った。彼女の夫が証人の前で離婚を認めるならば、彼は支度金を取り戻すことができる。
それを聞いて、うつむいていたゼイナブさんは、さっと顔を上げ、 「私は自由の身になるの」と尋ねた。
4日撮影(2017年 ロイター)