ニューヨーク・タイムズが、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区に関する内部文書24件

403ページをすっぱ抜いたスクープは、これが本物なら、天安門事件の真相に迫った張良が持ち出した

天安門文書に匹敵するジャーナリズムの快挙と言えるかもしれない。


「これが本物なら」とあえて言うのは、今のところ新疆ウイグル自治区当局および中国サイドは、

この文書が捏造文書であると主張しているからだ。その可能性はゼロではない。というのも、

これだけの大量の文書を手に入れるには、共産党中央のハイレベル関係者によるリークが考えられる

のだが、特ダネを連発する記者ないしはメディアの信用を落とすために、わざとニセ文書をつかませる

罠である、ということも考えられるからだ。


 こういう中国のニセリークには多くのメディアが苦い経験を持っている。産経新聞が2011年

7月に報じた「江沢民死去」の誤報は、中国当局がメディアを陥れるための偽情報に騙された1つの

典型例だろう。


 だが、私はこの内部文書を全文読んだわけではないが、一部公開されているものを読む限りでは、

本物ではないか、と見ている。


「ラジオ・フリー・アジア」(米国の政府系ラジオ放送局)などの在米ウイグル人記者たちが

共産党関係筋に取材して報道した内容と符合するし、私自身が体制内学者たちに聞いた習近平の

新疆政策の背景なども、こうした新疆文書の内容と一致している

(詳しくは拙著『ウイグル人に何が起きているのか』をお読みいただきたい)。


 北海道大学教授が中国の古本屋で買い求めた国民党に関する歴史史料のような、カビの生えた

文書ですら機密文書扱いされてスパイ容疑で逮捕されるのだから、新疆における現在進行形の政策に

関する秘密文書の入手は非常に危険を伴う仕事であったはずだ。まずは命がけのスクープをものにした

ニューヨーク・タイムズを讃えたい。そして、このスクープの意義と影響を考えたいと思う。


「一切の情けをかけるな」と習近平

 まずニューヨーク・タイムズのスクープの内容を簡単におさらいしたい。

 入手した24の文書は一部内容が重複するが、およそ200ページ分が習近平や指導者の内部演説、

150ページ分がウイグル人に対する管理コントロールに関する指示と報告。さらに地方のイスラム教

制限に関する言及がある。


 これらの文書がどのように集められたのかは不明ながら、中国政府のこうしたウイグル弾圧に対して、

内部ではかなりの不満があることがうかがえる。


 中国最高指導部の政策制定プロセスは秘密とされ、とくに新疆のような資源が豊富で、パキスタンや

アフガニスタンなど中央アジアと隣接する敏感な地域に対する政策決定プロセスは厳密に秘匿されてきた。

この地域はムスリムの最大集中居住地域であり、言語体系から文化、価値観に至るまで中国共産党や

漢族の価値観とは異なり、そういったことから差別され、また制限も課せられていた地域だ。


 中国当局は国際社会に向けて、ウイグル人の強制収容施設について「職業教育訓練センターである」

といういかにも慈善や福祉目的の施設のように説明しているが、文書の中では、現場の鎮圧を示す

言葉や命令形表現が使われており、強制的な弾圧命令として現場官僚に通達されている。


 例えば、ウイグル人留学生が夏休みに新疆の実家に帰ってきたとき、家に父母がおらず親戚も失踪、

隣人たちも姿がない。みんな強制収容されていて、学生が当局の官僚に「家族はどこにいますか」

と問い合わせてきたとする。そのとき、どう答えるべきか? といった模範解答も指示されている。

「彼らは政府が建てた研修学校にいる」と答えるのが模範解答例だ。もし学生がさらに説明を求めたら

「彼らは罪を犯したのではないが、学校から離れることはできない」と答える。

さらに「もしもあなたが彼らを支持するのならば、それは彼らのためにも、あなたのためにも良いことだ」

という言い方で、学生の答え方次第で家族の拘禁時間が短くなったり延長したりすることを伝えるよう

指示されている。つまり恫喝だ。


 父母の強制連行を学生に見られた場合、父母の学費を誰に支払ってもらえるのか学生が知りたがった

場合、労働力を奪われ畑を耕す人間がいなくなったといわれた場合の模範解答もある。

そして官僚に恨みを抱きそうな人間に対しては、恫喝を交えて、共産党の助けに感謝し、沈黙する

ように求めよと指示している。


 また、習近平が官僚たちに向けて行ったとされる内部演説では、鎮圧を基本とすることを訴えていた。

 2014年4月の習近平の新疆視察前の3月1日に、雲南省昆明駅などで「ウイグル人テロリスト」に

よる大襲撃事件があり、150人以上が負傷、30人以上が死亡した。

これを受けて習近平は「反テロ、反浸透、反分裂の闘争」は、専制機関を使い「一切の情けをかけるな」

と指示していた。


 さらに、2016年8月に陳全国が新疆ウイグル自治区の新書記に就任した後は、新疆における

収容施設が急速に拡大した。陳全国は習近平の演説を官僚たちに伝えながら、その内容を徹底的に

遂行するよう指示していた。


 こうした徹底鎮圧指示が現地の数千人に及ぶ官僚幹部らの懐疑と抵抗にあったことも、文書から

判明した。現地幹部たちは民族間の緊張を過激化させ、経済成長が扼殺されることを懸念したという。

 これに対し陳全国は、こうした抵抗感を示す幹部を粛正し、その中には県レベルの指導幹部も

含まれていたという。莎車県の指導幹部の王勇知に関する報告書が11ページおよび15ページ分あるが、

彼は民族間対立を解消するために経済発展に力を入れる政策をとっており、それまでの評価は高かった。

だが、陳全国時代以降は、全県で強制収容された2万人のムスリムのうち7000人をひそかに釈放して

いたことがばれ、「党中央の新疆政策に対する深刻な違反」で拘留、起訴され、権力剥奪ほか懲罰を

受けたという。


けっして善意ではない新疆政策の根本

 また今の習近平政権の極めて過激なウイグル弾圧が政策として打ち出された背景に、

2009年7月5日の「7.5ウルムチ騒乱」や2014年5月22日のウルムチ市の朝市襲撃事件が指摘されている。

「新疆独立派によるテロ」とされる朝市襲撃事件では、襲撃者が車2台で朝市に突っ込み、爆発物を

投げつけ、襲撃者4人を含めて39人の死者が出た。この事件の前の4月30日にはウルムチ駅で

爆発事件が起き、自爆した2人を含む3人が死亡、79人が負傷する事件が起きている。これは習近平が

新疆を視察したタイミングであり、習近平暗殺の噂も囁かれた事件だ。この新彊視察旅行前の

3月1日には雲南省昆明駅で、警官5人を含む34人が死亡した「ウイグル族過激派による暴力テロ事件」

が発生していた。


 こうした新疆における暴力事件を受けて、習近平は新疆政策に関する4つの秘密演説を展開する。

その中で習近平はウイグル人の大規模拘束を直接命令はしていないが、「専制」を手段として、

新疆からイスラム過激派分子を徹底排除することを呼び掛けている。


 また習近平は、経済発展を通じて新疆の不安定さを抑制していくという以前の中国指導者の

やり方について、「それでは不十分だ」「イデオロギー上の問題を解決して、新疆地域のムスリム

少数民族の思想を作り変える努力を展開せよ」と指示。これは2009年の7.5ウルムチ騒乱以降、

胡錦濤政権が展開した経済優先の新疆融和政策を批判している内容といえる。


 胡錦濤政権は、7.5ウルムチ騒乱の原因は当時の自治区書記の王楽泉の腐敗政治によるウイグル人

搾取に対する不満と恨みがあると見た。そこで、ウルムチ騒乱を鎮圧したのち、経済発展によって

民族間の格差と不満を解消する比較的融和的な政策を打ち出した。だが、習近平はこれを生ぬるいと

批判したのである。


 自分の前の指導者の政治が失敗だったことを証明することで自分の政策の正しさをアピールする

やり方は、中国に限らず政治家の常套手段だが、習近平の場合、胡錦濤の新疆政策を否定するために

必要以上に強硬政策に転じたともいえそうだ。


 ニューヨーク・タイムズによると、2014年ごろから登場した再教育施設と称する強制収容施設は、

当初は数十人から数百人のウイグル人を収容する小型施設が多かった。施設の目的は、イスラム教への

忠誠を捨てさせ、共産党への感謝の情を植え付けることだった。

だが、2016年8月に陳全国が書記になると、数週間後に地方官僚に召集をかけて、習近平の

秘密講話を引用しながら、新たな安全コントロール措置と強制収容所の拡大を命じたのだという。


 このスクープは、共産党が現在行っている新疆政策がけっして、国際社会に対し説明しているような

ウイグル人の再就職支援といった「善意」の目的ではなく、また建前で謳う多民族国家や人類運命

共同体といった理想とは程遠い、「専制」による民族・宗教・イデオロギー弾圧であり、支配管理

強化であることの明確な証拠となるものと言えるだろう。今、新疆で起きている問題は、間違いなく

人道の問題なのだということを証明する内部資料という意味で、このスクープの意義と影響は大きい。


つながっているウイグル問題と香港問題

 このスクープ記事を書いたニューヨーク・タイムズの記者は香港駐在で、このニュースも

「香港発」となっているのは、なんとも言えない気分だ。というのも、今、香港はまさに“新疆化”

している状況だからだ。


 若者の中国専制に対する命がけの抵抗を中国は「テロ」と表現し、その弾圧を正当化しようとし、

さらには、数千人の若者を「暴動」に関与したとして手当たり次第に拘束し、どこに収容されて

いるのか、ケガの手当てがされているのか、弁護士にも家族にもわからないという人が多々存在する。


 香港の人権団体・本土研究社によれば、深圳に近い山間部に、「反テロ訓練センター」の

建設予定があり、19億香港ドルの予算が計上されているという。この施設は新疆ウイグル自治区の

テロ対策施設を参考にしており、実際に香港警察は2011年から毎年エリート警官を7人ずつ

新疆ウイグル自治区のテロ対策施設での研修に派遣しているそうだ。訓練センターには新疆と同じく

反テロ再教育施設のような洗脳施設も併設されるのではないかとの話も出ている。


 ウイグル人の中にISのテロに参与する人間がおり、香港のデモ参加者の中にも破壊活動や血生臭い

暴力を振るう人はいる、というのは事実だ。だが、それを理由に、ウイグル人全員、香港人全員が

無差別に捕まえられ、拷問や虐待が行われていることを国際社会は座視してはいけないだろう。

また、どのような犯罪者にも最低限の人権があり、公正な司法プロセスに従って裁かれるのが

現代文明国家を名乗る最低の条件だ。中国がその最低限の条件・法治を備えない限り、中国のテロ対策、

暴徒鎮圧という建前での暴力的権力の行使に、一分の説得力もない。


 ウイグル問題、香港問題はつながっている。それが台湾や南シナ海周辺国家や、あるいは日本に

波及する可能性が、絶対ないとは言い切れない。だからこそ、私はウイグルや香港の問題に関心を

持ち続けてほしいと繰り返し訴えるのである。

 

更新:<解説>衝撃スクープ!北京のウイグル弾圧指令書が流出!/ ウイグル人に「情け容赦は無用」、中国政府の内部リークで新事実明らかに。 米報道