金生遺跡を世界遺産 世界標準時の天文台にしよう会

先史時代人の太陽暦作成方法

縄文時代に行われていたと見える暦作成手法は、
先ず一年の日数 365日を数えて、
365日/2/2/2 45日という区分方法以外に、
太陽暦を作る方法はあるのだろうか

数を扱うのに慣れていない先史時代人にとって
その時手の内に扱える数にまで縮減するという手法、それは1/2にするという
簡単なこの方法以外には無いのでは無いか。
もしそれ以外の方法があるなら、是非教えて貰いたい。

45日以後の区分法としては、45日/2/2/2 5日一週間を作る、という方法も有ると思うが、
これでは月の暦とのシンクロをさせることは出来ない。5*3 15日に戻すことからシンクロさせるということは無いだろう。

 

唯一 3分割することで、二十四節気の暦としてのみ簡単に太陰暦とシンクロさせることができる。
太陰暦とシンクロさせることが必要だった縄文時代には、二十四節気の暦を作るのはこのためだったと考える。


だから縄文時代中期に 3 という数がもてはやされのは、これ以外に考えにくい。


歴史時代に入ってからも、近現代に至るまで正確な暦 正確に季節を捉えズレないものとしてという意味で を作るのに苦労してきたのは、
太陽を直接観測せずに、計算に頼ってきたからでは無いだろうか。
太陽を観測するというのは、現実にある太陽系のありのままを受け入れ、それに従うと言うことになる。これから10000年以後までを考える時にも、そうするほかないのでは。

図はお借りしました


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