仏像彫刻をよく知らなくても、運慶・快慶はよく聞きますね。
その代表作、東大寺南大門に安置された金剛力士像は近年、解体修理が行われました。
以前は阿形が運慶、吽形が快慶とよく言われました。
さて、解体修理をすると、中から建造に関する文書が出てきました。東大寺の方や仏像研究の先生の注目の中、開封されると意外な内容が書かれていました。
つまり阿形には運慶・快慶二人が、吽形には定覚、湛慶らが携わったというのです。そのほかにも多くの仏師がかかわったことがわかり、彼らの共同制作であったのです。
ふたつの造像に運慶と快慶の造像の違いを見ようとしましたが、もともと阿形と吽形の性格の違いをよく表したと考える方が妥当のようです。
どうしてこのような力強いすぐれた彫刻が作られたか?もちろん運慶や快慶の力量もありますが、南都=奈良の伝統的なすぐれた造像、天平時代にさかのぼる像の存在があったと思われます。
もちろん、鎌倉時代の武士の風潮にも応えたと思われます。また、中国宋代の文化が禅宗を中心にもたらされたことも関連あるのかもしれません。