気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

‘19. ♪♪ ‘60's British Music Seen- Ready Steady Go- (TV program)

2019年10月10日 | 下町放送局・アーカイブス
こんにちは、真夜中の音楽の時間になりました。
今日は‘60年代のTVショー「Ready Steady Go」をお贈りします。若き日のR・ストーンズも出て来ます。そして演奏はしませんがビートルズの姿も見えます。この日の収録ではそのビートルズに関係したアーティストが出ています。
シラ・ブラック。この女性シンガーはビートルズが出ていたキャバーン・クラブで働いていた人で、ブライアン・エプスタイン(ビートルズのマネージャー)に認められデビューしました。当初『Love Of The Loved』や『It's For You』などのビートルズが書いた曲でヒット・シンガーの仲間入りを果たしていました。
そしてジェリーとペースメイカーズ。このグループのデビュー曲『How Do You Do It 』は、もともとビートルズのデビュー曲として用意されたのですが、ビートルズがこれは自分達のサウンドには合わないと拒み、オリジナルの『Love Me Do』でデビューした為、結局お蔵入りしていたもので、凡そ1年後の‘63年にペース・メイカーズのデビュー曲となったわけです。結成したのは‘58年でリヴァプールの音楽シーンではかなり初期のグループと言えます。そしてビートルと同時期にハンブルグ時代を過ごしていました。彼等の大ヒット曲となった『 Don't Let The Sun Catch You Crying(太陽は泪がきらい)』はリーダーのジェリーが恋人の為に書いた曲で、この曲のおかげで二人は結婚できたと云う曰くの有る曲です。
それから、この番組のスタイルを真似て出来たものが日本にも有って、大橋巨泉とミュージックライフの編集長だった星加ルミコ、ティーンビートの編集長だった木崎義二の三人が司会をしていた『ビートポップス』と云う番組がありました。日本で初のTVディスコティックと云う触れ込みでかなり人気が有りました。
‘60年代半ば、半世紀も前ですけれど、私にとっては現在よりも良き時代でした。

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3 コメント

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深夜の訪問です。 (テイタイムryo)
2019-10-11 00:54:44
真夜中の音楽を聴きにやってきました。

「ジェリーとペースメイカーズ」というグループは
はじめてチューブで見聴します。
幾つになってもポップスの曲は身体が揺れますね。

リズムに乗ってジルバーを踊りたい気分・・(もう足がついていけないでしょうが~)
どんなダンスよりジルバーが大好きでした。

2回3回と回されてもついて踊っていた頃が懐かしいです。

youtube拝見してて 日本では山下啓次郎・平尾昌晃・ミッキーカーチスの時代?
テレビでしか見たことはありませんが・・・

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三人娘と三羽烏 (junne)
2019-10-11 02:41:44
チエミ・いずみ・ひばりの三人娘は戦後間もなくでしたよね。ですので、啓次郎・昌晃・カーチスの三人が出て来たのはその後、昭和30年前後でしょう。三人娘は笠置シズコ等とほぼ同じ頃で、戦後の暗い時代にジャズ系の音楽やブギウギなどで人々の心を満たしていたのに対し、三羽烏の方はカントリー・ミューシックから出て来た小坂一也などと共に、日劇ウエスタンカーニバルで脚光を浴びていました。その日劇にはのちに坂本九・ジェリー藤尾・木の実ナナ・・・などが登場してきます。それとは別路線で伊東ゆかり・園まり・中尾ミエの新・三人娘が出て来ます。その頃の音楽はアメリカンポップスを日本語で歌うという流れが出来ていました。「恋の売り込み」「ヴァケーション」「ビキニスタイルのお嬢さん」「シェリー」など。これらはポール・アンカが「ダイアナ」でデビューした頃ですから1956~1958年頃の事ですね。折しもアメリカではツイストがロックンロールの波に乗って毎年の様に新しい踊りが流行っていました。つまりは今から61~63年も前の事と言えます。TVではザ・ヒットパレード(ミッキーカーチス)、ホイホイ・ミュージックスクール(鈴木やすし・木の実ナナ)、シャボン玉ホリデー(ザ・ピーナッツ、クレージーキャッツ)・・・、がお茶の間での団欒の時間でした。
おもちゃではフラフープ・だっこちゃん・ホッピングなどが有りましたね。
・・・って、年下の私が開設するまでも有りませんでしたね。まさに「三丁目の夕日」の頃ですものね。ビートルズが出て来たのが1962年だという事を考えれば、音楽界が如何に流動的なのかという事が窺えます。
話しが長くなってしまったのでこの辺で終ります。また「真夜中の音楽」に遊びに来て頂けたら幸いです。






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懐かしいです。 (テイタイムryo)
2019-10-11 23:11:29
返コメ拝読していて懐かしく感動にからだが震える思いです。

田舎者の私が神戸へ出て来たのは19歳の夏でした。
その頃だったと思いますが、ポール・アンカの「ダイアナ・君こそ我が運命」など
ニール・セダカの「恋の片道切符」などもよくかかっていました。

英語は出来なくて解らないけれどメロディーだけは今でも結構口ずさむことが出来る曲多いです。

中尾ミエ~新3人娘の歌うポップス系は
ちょうど日本語訳で口ずさむにもちょうど良かったです。
ポップス系が沈みだしたころからカラオケで歌謡曲を歌うようになり
今ではコーラスを楽しんでいます。

田舎娘のままで結婚出産と親のすすめる生き方をしていたら・・・
それはそれなりの人生だったかもしれませんが
楽しみは半減したかもしれません。

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