バスが停車したのは浦内川に架かる浦内橋の袂。その橋の袂を左に、この先何が有るのかと思わせる様な道を僅かに下って行くと、間に合せに造った様な茅葺きの小屋が一軒建っていた。台風でも来たならば真っ先に吹っ飛びそうなお粗末なもので(でも、一見お粗末そうに見える事が、この自然に同化していると云う…大切な事なのだ)、そこが船の待合所であった。中にはオジイさんとオバアさんが数人居て料金係りの様な事をしていた。
その小屋の近くに自然水が湧き出ている水飲み場が一箇所有って、地元の人の話によると、その水を飲めば健康な子になるとか、長生きするとか…その様な事を言っていた。早速物好きにも試しに飲んでみた。ノドが渇いていたせいもあってか美味しく感じられた。まだまだ時間は有った。生まれて始めて見る、その異様なムードを感じさせる植物群の一部を見ながら、近くをまるで子供の様に散策していた。
そんな時、船が川上りから帰って来た。邪魔になる様な荷物は小屋に預け、いよいよこの西表での目的の始りだ。我らが泉屋のボートと同型のボートで浦内川を上り始めた。時にヒルギなどを初めとした熱帯植物群の中を縫う様に蛇行する流れに向い、異国の地を感じさせながら進んだ船は岩場の所で止まった。他の旅行者より僅かに遅れて下船した岩場で明美と見たものは、なんと、三日前に川平でボートを貸してくれたあのカップルであった。思わぬ再会に改めて離島の狭さを感じさせられた。そしてそのカップルは私達と入れ替わりに船に乗り戻って行った。
さてさてお目当てのジャングルは…。ここに来る前に、本当に険しいジャングルだと聞いていたのだけれど、滝に至る迄の道は実際に歩き子の目で見てみると、ただの山道の様なものにしか受け取れなかった。果して他の場所ではどうなのだろうか…?途中雨がジトジトと、そして時には強く降り、ああ…これがジャングルの雨なのか…と思わせる様な光景を呈していた。泥で滑る足場に気を配りながら一番後ろを二人で歩いていた。
初めに見えたのがマリウドの滝であった。ここで少々時間をくい過ぎたと思ったので、急いでその奥のカンピラの滝へと歩を進めた。両端を木々で囲まれた細く歩きにくい道を抜けると、急に開けた岩場の様な所に出た。そんな感じだった。そこには所々段違いになり徐々に下っている緩やかな川が一本流れていた。それが何とカンピラの滝であった。誰でも最初に見る者にとっては、ただの川にしか見えないであろう。いや、それとも何かの都合でたまたま水量が少なかった為に、そう見えただけなのか…?
帰りの下りの船の時間も残り僅か。また最後を歩きながら来た道をもとの岩場へと戻った。最初から最後迄、明美は歩きにくそうだった。船の待つ岩場へ戻った時には、先程の船は一度戻り次の客を乗せて来ていて、最後に残った明美と私の二人が乗り込むのを待っていた様にも見えた。もとの船着き場に戻ったのは午後二時。オジイさん・オバアさんに宿の事を話していたら、親切にも或る一軒の民宿を世話してくれた。暫くすると一台のマイクロバスが迎えに来てくれた。民宿への道すがら辺りの案内をしてくれて、着いた所は浦内川から一番近い部落で、二軒しかない民宿の一軒であった。《民宿・宇奈利崎》。後になって明美に言われて解った事だけど、ここの主人が先程の船の船頭であったのだ。よくよく考えてみれば、あの小屋でどうしてここに紹介されたのかが解ってきた。
ここのオバチャンの言った言葉で先ず初めに頭の中にこびり付いたのは、
「あんたら、ひもじくないかい?(お腹は空いてない?)」
と云う言葉だった。内地に於いてはあまり良い響きを持たないけれど、ここではごく普通の日常語となっている。
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