最近、どうした事か睡眠時間が少なくなっている。私自身そういった事は珍しい事ではないのだけれど、理由は二つ挙げられるだろう。一つはここでの生活に慣れて半ば惰性的になり、体が睡眠不足にある程度対応出来る様になったのだろう。もう一つはやはりキヨコの問題と言えるかも知れない。
今日も早めに目が覚めた。冷たいライム・ソーダを飲みながらヴァイオレットを吹かし、その後外に出た。何かしようと外に出た理由ではない。何となく落ち着かず、手持ち無沙汰だったのだ。見慣れた美崎町を確認するかの様に散歩をしてトマトに入った。適当に雑誌を読みあさり戻って来た。するとその途中、偶然にもキヨコと出会い暫く立ち話しをしていた。
「ちょっとドライブしない?」
「うん、いいねぇ、行く行く」
「じゃ、ちょっと待ってて、車とって来るから」
と言ってキヨコは車をとりに行き、ほんの数分で戻って来た。乗り慣れたモスグリーンのカローラの助手席に私は坐った。車は川平へ向かった。
全ては上手く行っている様に思えた。全て以前の様に。実は何事も起こってはいなかった、と思える様に。私達は久し振りに弾んだ会話と笑い声を共有し得た。川平への西廻りのコース。気が付けば所々に素敵な光景が見え隠れする。太陽の輝きが眩しく、車内に飛び込む風さえも爽やかに感じられた。土煙りが時折り邪魔をしたけれど、苦にはならなかった。
川平湾。そこでの絶景はいつもの様に私達を迎えてくれた。そして『時の流れ』という観念を奪い去ってしまう。そんな側面を持ち合わせた不思議な場所だ。
帰り道。外の様子からそろそろ美崎町に近づいて来たな…と思っていた時だった。キヨコは言った。
「ねぇ、アナタ、いつ迄八重山に居るの?」
「判らない。出来ればずっと居たいけれど」
「もう、旅を終らせて帰った方がいいんじゃない?」
突然の、思ってもみなかった言葉に私は唖然としたまま、思考が停止していた。
「私ネ、あの店、今月限りで終りにするの。正直言ってね、私は初めからあまり気乗りがしていなかったの。でも、アナタがいたから何とか楽しく過ごしてきたけれど、もう限界…ってところなの。この1ヶ月、…アナタには口では言えない程感謝しているわ。ホントよ。ジュンには不向きだと思うわ…アソコは」
「いつ決めたの…あっ、いや、あの事が引き金に?」
「それも有るけど…、那覇に帰った時に気持ちの整理が出来たの。でもね、ここ石垣島にはまだ居るわ。だって好きなのよ、石垣はいい処サ。私は好きよ。アナタには似合わないアソコを離れて、もっと色々と見て欲しいの。それはさぁ、この石垣にいると危なっかしいアナタが気になるから…」
「キヨコさんはどうするの?」
「私?私は…ジュンより大人よ。少なくとも十年分はね」
「そんなぁ…」
「長く居すぎたんじゃない?いろんな処を見て廻って欲しいな。そうすれば、いつかアナタにお似合いの恋をする人にも出会うでしょ。それにジュンは大事な事を忘れているわ。何しにここ迄来たの。沖縄の音楽や風俗史を知りたかったんじゃないの?!目的は果たしたの?私はサ、私の道を生きるだけ。多少寄り道はしたけれどネ。ジュンも自分の道を見失しなわないで欲しいな。」
自分を取り戻した時、私は波止場で波に揺れる船を見ていた。
あの人は、幼い私を大人にしようとしたのだ。その心尽くしが胸に痛く、そして優しく刺さったのを感じたまま、色を変えながら船を揺らす波を見ていた。美崎町に近づく最後の1マイル。私は忘れる事は無いだろう。山城キヨコの奏でる音を聴けるのはあと4日間。
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