とうとう母と別れる時が来ました。
12月1日容体が急変して呼吸が止まりそうですと病院から連絡ありました。
その後30分もしないうちに呼吸が止まってしまいましたと連絡がありました。
実は先月半ばに妹夫婦が見舞いに行った折、医者からは体調もあまりよい状態
ではないし(体重も24Kを割った)年齢(93歳)も歳ですからと引導を言い渡されました。
それを聞いたので私は11月21日に見舞いに出かけました。
もうこの半年位意識は無く手を握っても反応してくれませんでした。
ここ2・3カ月は行く度にこれが最後かなと思って帰ってきました。
21日もこれが最後かな?また、12月にも会いに来られるのかな?と
思いながら帰ってきたのですが結局21日に私にあったのが最後でした。
妹の家族は7日頃見舞いに行こうかと思っていたらしいのですが・・・
母も5人の子供を育て働きものでした、一時は家族7人と母の弟、父の義弟と
9人の面倒も見ていましたから、今考えると大変だったと思います。
母も子供達が大きくなるにつれパートで一生県命働いていました。
病気らしい病気もなく元気に良く働いていたのですが、70歳過ぎた頃
元気がなくちょっとおかしいと思って医者に連れていったら「パーキンソン病」
だと言われ三姉妹の一番したの妹が家に入って見れくれることになりました。
発病してから23年間いろいろありました、息子(41歳で平成元年逝去)と
夫(平成7年逝去)の急死もあり、ショックで母も後を追うのではないかと
心配しましたが乗り越えました。
”長い間ご苦労さま、安らかにお休みください”