■タンポポ
「この季節に、なんでタンポポ?」と思われるかもしれないけれど、スピッツの記念すべきファーストアルバム「スピッツ」に収録された曲のこと。
何かのきっかけで、なぜかこの曲が頭の中をユルユルと回ることがある。何がきっかけになったのかが明らかではないのだけれど。
ギターソロのせつないほどの美しさが、幼さと、その幼さに別れを告げる時を目の前にした少年の哀しみを浮き上がらせる。
「もう君に会えない」と嘆かせる「始まりのチャイム」は、きっと大人への扉、あるいはその扉に続く助走の過程なのだろう。
深いこともあっけらかんと表現するところが草野正宗の真骨頂のように私は思うのだけれど、たまにこの「タンポポ」のような内省的な詞を目にすると、不意打ちゆえの「ドキッと感」が突き刺さる。
「黄ばんだ太陽」や、「おでこに傷をこさえた冒険」や、「真っ赤なセロファン越しの世界」は、はるかかなたで萎れてしまっている「私」の幼い時にも通じる。
そんな中、「何かがわかっても 何も変わらない」し、「立ったまま心は泣いていたり」する。幼いどころか、もう十分に大人になってしまった私たちのかたい心を震わせるような、優しいけれど鋭い言葉の深さ。
立ち返れないあのころに思いを馳せて、なんという残酷な詞なのだろうと、改めて思うのです。
■母性
ほんとうに想像しただけでせつなく胸が痛くなる事件。
その母親の行為は決して許されるものではないし、大方の人には想像できないものだろう。「母として」以前に、人としてどうなの?という思いもある。
だけど、女性の誰もが自分の中に豊かな母性を保持しているわけではない。子どもと対面してすぐに「母」として目覚める人もいるだろうし、時間をかけて少しずつ「母」になっていける人もいるだろう。
そう思うと、一人で仕事と子育てを抱えていた女性の日常と心理状態がどんなふうに変化していったか、それを想像するのはなんともつらい。
愛らしい二人の子供たちの命は十分救われるものだったはずだ。彼女のごく身近であったはずの人たちの存在、異常を感じて通報した人たちの声をきちんとくみとれなかった公の支援・・・。
あの子たちはどこかの段階で、何度も救われる機会があったはずだ。これが悔しい。
「この季節に、なんでタンポポ?」と思われるかもしれないけれど、スピッツの記念すべきファーストアルバム「スピッツ」に収録された曲のこと。
何かのきっかけで、なぜかこの曲が頭の中をユルユルと回ることがある。何がきっかけになったのかが明らかではないのだけれど。
ギターソロのせつないほどの美しさが、幼さと、その幼さに別れを告げる時を目の前にした少年の哀しみを浮き上がらせる。
「もう君に会えない」と嘆かせる「始まりのチャイム」は、きっと大人への扉、あるいはその扉に続く助走の過程なのだろう。
深いこともあっけらかんと表現するところが草野正宗の真骨頂のように私は思うのだけれど、たまにこの「タンポポ」のような内省的な詞を目にすると、不意打ちゆえの「ドキッと感」が突き刺さる。
「黄ばんだ太陽」や、「おでこに傷をこさえた冒険」や、「真っ赤なセロファン越しの世界」は、はるかかなたで萎れてしまっている「私」の幼い時にも通じる。
そんな中、「何かがわかっても 何も変わらない」し、「立ったまま心は泣いていたり」する。幼いどころか、もう十分に大人になってしまった私たちのかたい心を震わせるような、優しいけれど鋭い言葉の深さ。
立ち返れないあのころに思いを馳せて、なんという残酷な詞なのだろうと、改めて思うのです。
■母性
ほんとうに想像しただけでせつなく胸が痛くなる事件。
その母親の行為は決して許されるものではないし、大方の人には想像できないものだろう。「母として」以前に、人としてどうなの?という思いもある。
だけど、女性の誰もが自分の中に豊かな母性を保持しているわけではない。子どもと対面してすぐに「母」として目覚める人もいるだろうし、時間をかけて少しずつ「母」になっていける人もいるだろう。
そう思うと、一人で仕事と子育てを抱えていた女性の日常と心理状態がどんなふうに変化していったか、それを想像するのはなんともつらい。
愛らしい二人の子供たちの命は十分救われるものだったはずだ。彼女のごく身近であったはずの人たちの存在、異常を感じて通報した人たちの声をきちんとくみとれなかった公の支援・・・。
あの子たちはどこかの段階で、何度も救われる機会があったはずだ。これが悔しい。