2012.8.22 (水)
ちょっと古いニュースだけど、イチロー連続ホームランには歓喜!
下位打線だろうが、レフト守備だろうが、どこか楽しげにプレイしている様子に頭が下がる。
そして、こっちの気持ちがフワフワッと軽くなる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120820-00000080-spnannex-base
イチローのホームランに「やったー!」と叫んでいるそばで、領土問題が大きく揺れる。
銀座ではメダリストたちの華やかなパレードに50万人が集結し(どこの発表だ?(笑))、一方でいじめ問題(暴力事件に近い)が後を絶たない。
いつから、こんなにいろんなことが一気に起きる国になったんだろう。
真摯に受け止めようとすると、ひとつひとつをゆっくり考えたり味わったりしているヒマなんてない。
時代に乗っていくって大変なことだ。
朝日の夕刊の「人脈記」が、往年のONとその周辺の人々を描いていて、とくにONに思い入れがあるわけじゃない私でも単純におもしろい。そういうことを書きたくても、一日の最後になると、別の得体のしれないデカイことが心を占領していて、「単純なおもしろさ」に浸っていた自分が思い出せなかったりする。
これって、どうして?
ワタシ、日々の流れに乗っていけなくなってるの??
そんなこと、ここに書いてもしかたないんですけどね・・・。
そうそう、一昨日の夜、NHKスペシャルの再放送「終戦 なぜ早く決められなかったのか」を見ました。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0815/
真夜中に衝撃で、しばし時間を忘れて見入りました。
まだ検証しなければならない事実もあるのだろうけど、国のトップ間でも情報が共有されていなかったこと、決断できなかった状況・・・。
驚異と、そしてそこから学ぶ何かを示しているのかもしれない。
■オリンピック・・・
オリンピック、楽しかったですね、パラリンピックでもどんなドラマが始まるか! 待っています。
それにしても、天邪鬼さんはちょっと・・・。
国民の関心度が低いことが東京へのオリンピック招致にブレーキをかけている、として、ロンドンオリンピック後は「国民の大半が東京オリンピックを望んでいる!!!」的なメディアの報道は、そのまま信じていいのですか?
もちろんロンドンオリンピックでの選手の活躍は認めるし、そこに水を差す気はまったくないけど。
でも、なんとなくそことは一線を画したいと思っている。メダルラッシュで盛り上がって、そのまま進んでも大丈夫かな。だって、メダルの数が少なかったら、日本人はきっと全然違う反応だったろうし。その程度のことで一気に高まるものって、案外危なくないですか?
もう少し冷静に考えている人って多いと思うんだけど、もうメディアがすごい。インタビューでも「操作してる?」っていうくらい、「東京でオリンピック見たい!」という人ばっかりだし。
もともと招致に賛成している人や団体は、「ここで一気に!」と策を講じているだろうし(TVのコメントでも見え見えですけど)。
「被災地復興」「元気のない日本に活力を」というもっともらしいきれいなアピールも、言葉だけで躍らされたくはないんだよなあ。
もし「望む! 東京オリンピック」っていう人が劇的に増えたんだとしたら、やっぱり私は時代についていけなくなってるな。
そうそう、首都圏直下型の地震が起こる確率っていうのが新聞の一面に大きく載って、背中を冷たいものが流れたときのこと、覚えています? それについては、いいんですかね? オリンピック招致と首都直下型地震って、どうとらえたらいいんだろう。
プラスばかりじゃなく、マイナスのことだって取り上げて・・・。
経済効果はホントにあるの? 東京だけが盛り上がって・・・とかいろいろ。
メディアは大事だけど、疑う対象でもありますね、最近特に。
前は能天気に信じてたなあ。ワタシが大人になったってことなのかなあ? いまさらですが。(笑)
こんなところで最後に付け足すように書くことではないけれど。
でも一言だけ。
シリアでのジャーナリスト、山本美香さんの死。
彼女のような、文字どおり「命をかけた」仕事で、私たちは遠い国の惨状を知ることができるわけです。
テレビで流れる現地の生々しい映像は、テレビ局が彼女たちから提供されたものを流しているわけだから。
彼女たちの飾らない言葉が重いのは、さまざまなことを「知っている」からなのでしょう。
スタジオのコメンテーターからのメッセージと比べては失礼ですね。
都心のビルの谷間の、ちょっと狭い夏空。
炎天下、汗をかきつつ麹町の坂道を歩きながら、東京も空もなかなかだな・・・と。
そうそう、京王線の調布駅が地下にもぐりました(正確には、調布駅~国領駅)。
調布駅の周辺のもう電車の通らなくなった線路。
こういう光景って、なんとなく夏のノスタルジックな風景。私にはね。
昔、北海道の廃線の錆びた線路に腰をおろして昼食を食べたときの、あの風と日射しと青空。
今でも胸ん中にあります。
近所の小さなスーパーが閉店しました。
近くに大きなスーパーやディスカウントショップやショッピングモールや諸々、できてしまったし、こういう結末も予想できたかもしれない。
でも、車をもたずに、ここを頼りにしていた高齢の方たちはどうしているだろう。
いちばん近いところでも15分くらいかかるし。
このお店が閉店しただけで、この夏、ここの広場が寂しい。
私もときどきしか通らないけど、以前は主婦や子どもの姿がけっこうあったのに。