「はあっ!?」
懐郷の塔2階にある、用品調達の部屋番の青年は、裏返った声を出して、驚いていた。
「こ、この子を、連れてくんですか?!」
腰の高さの、白い大理石の天板が乗った、用品受け渡し台の上に両肘をのせている。ツンツンに立てた橙色の頭がまるで彼の驚きぶりそのものを表しているようだった。
「そうだ」
いいかげんにうんざりした顔をして、翔伯は答える。
ここ、二階におりるまでに、この手の反応をいくつもらったことか。なかには「かわいそうですよ!」と、まるで翔伯が少女を無理矢理に連れて行くとでも思っているかのような、非難めいたものもあった。
「そうだ……って。なんですか、子どもじゃないスかぁ……ひでえ」
橙色の髪の青年は、気の毒そうに眉を下げて、へなへなと撫子を見た。実に同情深く。
「しかも番長命令? なんでしょうね一体、まったく、……はあ、謎。わかんないなあもう」
弱った顔をして、やるせなく、頭をばりばりとかいた。
「さあ、いいから手を動かしてくれ。今言った物品を急ぎそろえてくれ。今から出かけるのだ」
「えー……気が進まないなあ。いえね、仕事したくないってんじゃないんですよ? でも良心が痛むっつーか」
うッへーと、息を吐きながら、青年は整然と林立している奥の棚の間に入っていった。
翔伯の左隣にちょこんと立っていた撫子が、不安げに見上げて聞いた。
「そんなに……大変なのですか?」
対する翔伯は、肩をすくめてみせる。
「『そんなに大変』なのだ」
「はいお待ちどうでっす。『夕暮れの海砂』に『朝焼けの森の影』、それから『銀の甲殻靴』に、ええと防具一式」
受け渡し台に、紅い砂の入った小瓶を一つ、黒い水のはいった小瓶を一つ、銀色の貝殻屑を固めて造ったような質感の長靴を二足、防具と言ったのになぜか銀の長剣を一本置いていく。
そして、彼は首を左右に3回、振った。最後の小さな物品を、重々しく手に持ったままで。
「ほんとに気が進みませんよ? 翔伯さん。持って行くんすか? 『天頂月下の声』を? やだなあ」
くれぐれも、ここから離れたどっか遠ーーくで使ってくださいよ? の念押しに、翔伯は「耳をふさいでいた方がいいかもな」と返答して、青年の顔色を青くさせた。
それは、透明な珠のついた、銀の首飾りだった。
のぞきこんだ撫子が、首を傾げた。
「てんちょうげっかのこえ?」
「聞けばわかる」
翔伯は名言を避けて、それを撫子の首に掛けてやった。銀の鎖ところんとした透明な珠が黒の長衣に澄んだ輝きを放った。
「これは君が持っていろ」
「!?」
驚いたのは、青年だった。
「翔伯さん、……本気っスか!?」
受け渡し台から身を乗り出し、いやもはや乗り越えんばかりにして、翔伯に物申した。
「そりゃまあ子ども連れてくんだったらそれしとけば万全かもしれんでしょうけど、でもねえ、どうっすかねえ?! うわ、どうっすかねえ?! ……寒気が。寒気がしましたよ、今」
対する翔伯の返答はすげないものだった。
「月まで行くのだ。しかたあるまい」
青年は、言いたいことの9割9分9厘をのどの奥に押しとどめて、への字になった口から、しぶい声をしみださせた。
「……はあ。まあねえ。そうですけどね?」
「じゃあねえ、まあねえ、……いってらっさい」
ひどく消沈して、用品調達部屋番の青年は、翔伯と撫子を送り出した。
「撫子君、元気に帰ってこられたら、お茶でも飲みにおいで?」
部屋を出て行こうとする二人に、最後に青年は声をかけた。
撫子は、ゆっくりと振り返った。
「……ありがとうございます」
そうして、控えめに微笑んで、礼を述べた。
「俺の名前は空也(クウヤ)っていうんだ。おぼえておいて」
「はい。空也さん。……さよなら」
「さよならかあ……」
部屋番以外誰もいなくなって、空也はひとりごちる。
「またね、って、言って欲しかったなあ。うん。縁起を担ぐ意味でもさ」
懐郷の塔2階にある、用品調達の部屋番の青年は、裏返った声を出して、驚いていた。
「こ、この子を、連れてくんですか?!」
腰の高さの、白い大理石の天板が乗った、用品受け渡し台の上に両肘をのせている。ツンツンに立てた橙色の頭がまるで彼の驚きぶりそのものを表しているようだった。
「そうだ」
いいかげんにうんざりした顔をして、翔伯は答える。
ここ、二階におりるまでに、この手の反応をいくつもらったことか。なかには「かわいそうですよ!」と、まるで翔伯が少女を無理矢理に連れて行くとでも思っているかのような、非難めいたものもあった。
「そうだ……って。なんですか、子どもじゃないスかぁ……ひでえ」
橙色の髪の青年は、気の毒そうに眉を下げて、へなへなと撫子を見た。実に同情深く。
「しかも番長命令? なんでしょうね一体、まったく、……はあ、謎。わかんないなあもう」
弱った顔をして、やるせなく、頭をばりばりとかいた。
「さあ、いいから手を動かしてくれ。今言った物品を急ぎそろえてくれ。今から出かけるのだ」
「えー……気が進まないなあ。いえね、仕事したくないってんじゃないんですよ? でも良心が痛むっつーか」
うッへーと、息を吐きながら、青年は整然と林立している奥の棚の間に入っていった。
翔伯の左隣にちょこんと立っていた撫子が、不安げに見上げて聞いた。
「そんなに……大変なのですか?」
対する翔伯は、肩をすくめてみせる。
「『そんなに大変』なのだ」
「はいお待ちどうでっす。『夕暮れの海砂』に『朝焼けの森の影』、それから『銀の甲殻靴』に、ええと防具一式」
受け渡し台に、紅い砂の入った小瓶を一つ、黒い水のはいった小瓶を一つ、銀色の貝殻屑を固めて造ったような質感の長靴を二足、防具と言ったのになぜか銀の長剣を一本置いていく。
そして、彼は首を左右に3回、振った。最後の小さな物品を、重々しく手に持ったままで。
「ほんとに気が進みませんよ? 翔伯さん。持って行くんすか? 『天頂月下の声』を? やだなあ」
くれぐれも、ここから離れたどっか遠ーーくで使ってくださいよ? の念押しに、翔伯は「耳をふさいでいた方がいいかもな」と返答して、青年の顔色を青くさせた。
それは、透明な珠のついた、銀の首飾りだった。
のぞきこんだ撫子が、首を傾げた。
「てんちょうげっかのこえ?」
「聞けばわかる」
翔伯は名言を避けて、それを撫子の首に掛けてやった。銀の鎖ところんとした透明な珠が黒の長衣に澄んだ輝きを放った。
「これは君が持っていろ」
「!?」
驚いたのは、青年だった。
「翔伯さん、……本気っスか!?」
受け渡し台から身を乗り出し、いやもはや乗り越えんばかりにして、翔伯に物申した。
「そりゃまあ子ども連れてくんだったらそれしとけば万全かもしれんでしょうけど、でもねえ、どうっすかねえ?! うわ、どうっすかねえ?! ……寒気が。寒気がしましたよ、今」
対する翔伯の返答はすげないものだった。
「月まで行くのだ。しかたあるまい」
青年は、言いたいことの9割9分9厘をのどの奥に押しとどめて、への字になった口から、しぶい声をしみださせた。
「……はあ。まあねえ。そうですけどね?」
「じゃあねえ、まあねえ、……いってらっさい」
ひどく消沈して、用品調達部屋番の青年は、翔伯と撫子を送り出した。
「撫子君、元気に帰ってこられたら、お茶でも飲みにおいで?」
部屋を出て行こうとする二人に、最後に青年は声をかけた。
撫子は、ゆっくりと振り返った。
「……ありがとうございます」
そうして、控えめに微笑んで、礼を述べた。
「俺の名前は空也(クウヤ)っていうんだ。おぼえておいて」
「はい。空也さん。……さよなら」
「さよならかあ……」
部屋番以外誰もいなくなって、空也はひとりごちる。
「またね、って、言って欲しかったなあ。うん。縁起を担ぐ意味でもさ」