すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影55

2005-07-27 00:20:34 | 即興小説
「銀無垢の長衣が好きならば、」
祈職の長は、父の正面に立っていた。私ではなく。そして、……当時の私にでもわかる、ひどく冷え切った口調で、言った。
「貴方の令嬢が、それほど銀無垢の長衣を好きだというのならば、」
首だけで、背後を振り返り、長は言い放った。
「誰か手の空いている者。……ああ、萩、彼女に、新品の銀服を用意して渡しなさい」
萩、と呼ばれた赤紫の髪の娘は、その静かな瞳を長に向けると、うなずいた。
「わかりました。少々お待ちください」

今、この階にいる祈職たちは皆、白い衣を着ている。
菊の姿がないことに、私は気付いた。
「……菊は?」
ふと、口に出た言葉に、父が反応した。
「黙れ」
彼は隣に立つ私には目もくれず、ただ床を見下ろしていた。注がれ続ける祈職の長の鋭い視線に耐えるように。
私は、父がたったそれだけの返事しか寄越さず、しかも命令口調である理由が、全くわからなかった。
「……お父様?」
もっときちんと答えて欲しいのに。
私の疑問も、父の萎縮も無視して、長が静かに切り込んだ。まるで、触れれば切れる刀をそっと振り下ろすように。
「貴方の令嬢に、銀服をやります。お引き取りください。祈職としての籍も用意します。しかし籍だけです。令嬢の居場所は、これまでどおり、貴方の部屋です。よろしいですか? 今後二度と、彼女をここに寄越さないでください」
長の背後から、銀の長衣を持った「萩」が歩いてきた。
「長、どうぞ」
彼の左後ろで楚々と立ち止まると、萩は衣を差し出した。
「すまんな」
長はそれを事務的に受け取り、私の父に差し出した。
「さあ。お引き取りください」
父は、まるで地面に頭を触れさせんばかりに深く深くお辞儀をして、それを拝領した。
私は、私はその時、ひどく侮辱された気がして、腹を立てていた。どうして私を歓迎してくれないの?と。
親子の物になった美しい銀無垢の衣は、まるで、私たちを憐れむように……いや、私を、私の無知を憐れむように、輝いた。

その時だった。
只一人、銀無垢の長衣を着た者が現われたのだ。
私は、その名を聞いた。

「……菊、まだ出てはいけない!」
「でも翔伯に伝えることがあるから、」

……菊。


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