すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影60

2005-08-05 00:34:03 | 即興小説
塔の敷地を出て、両脇を低木の並木に沿われた一本のまっすぐな道を歩く。
やがて、並木が途切れ、両脇は建物に取って代わる。
灰色の街だった。懐郷の街は。その建物はどれも直線的で、大小高低の箱が並んでいるように見えた。
見上げれば、灰色の石材でできた高い角柱型の建物は、やがて闇にまぎれてその天辺は見えなくなる。
二人は、歩いた。
夜の下の灰色の街を。
二人分の、銀靴の足音が響く。一つは強く、一つは軽く。
「月へは、」
撫子が口を開いた。今ここにある空気と同じに、しんと静かな声で。
「こうして、歩いて行くのですか?」
「いや」
低く、それほど大きくない、翔伯の声が返る。
「この街を出るまでだ。後は、道具を使う」
「道具……」
「ああ」

二人は、街の中央にある広場の、真ん中にある井戸まできた。
街を通る大きな道はどれも直線で、この広場から放射状に伸びていた。二人が来た道も、そのうちの一本だった。
広場からそれぞれの道を見通すと、どれもやがて闇にまぎれて見えなくなり、……街の大きさは、だから、どれほどか、知れない。
「ここまで案内されて来たのです。私は」
まるでずっと昔のことのように、撫子は言った。
「街の外の森を歩いていました。懐郷の塔に行くために。そうしたら、森には女の人がたきぎを拾っていて、私を、この広場まで案内してくれたのです」
「……森を、通った?」
翔伯は、怪訝な顔をした。
「森とは、」
そして、指をさした。懐郷の塔を背後にして立ち、真正面に伸びる道の果てを指して。
「あちらの森か?」
「はい」
果たして、撫子は答えた。
「本当に?」
今度は、撫子が怪訝な顔をする番だった。
「? はい。本当ですよ? ……森が、何か?」
「終わりの無い森だ。人はおろか、獣さえも棲まない」
「え?」
翔伯の言葉を聞いて、少女は言葉を失う。
終わりの無い森? 人はおろか、獣さえも棲まない?
撫子の心に、黒い空白が、広がった。
では私は、「どこからきたの?」
なにも、思い出せない。
「……そんな、」
痛々しい、かすれた声を漏らして、撫子は両手で頭を覆った。
頭痛をこらえるようなしぐさだった。
顔をしかめて、その場にうずくまった。
「そんな……」
「撫子? どうした?」
背をかがめて、翔伯が撫子を見下ろして様子をうかがった。
「大丈夫か?」
「翔伯さん」
手を頭にやったまま、撫子は声だけを翔伯に向けた。
「では私はどこから来たのでしょう?」






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