すぎな之助の工作室

すぎな之助(旧:歌帖楓月)が作品の更新お知らせやその他もろもろを書きます。

時に浮かぶ、月の残影59

2005-08-04 00:11:16 | 即興小説
「いってらっしゃい!」

門番の威勢のいい声を背後に、二人は、懐郷の塔の敷地を出た。
灰色の町。
空は闇。夜だ。
「永劫の夜……」
門を出て三歩、撫子は空を見上げてつぶやいた。
それより二歩進んで、翔伯は振り返った。
「君は、『歌』を知っているのか?」
彼は言葉を発する前に、二つ瞬いた。少し驚いているようだった。
「え?」
空からゆっくりと視線を転じて、撫子は翔伯を見上げた。
「……歌?」
「そう、歌だ」
二人、歩き出す。
「永劫の夜、という言葉から始まる、『歌』。祈職が使う祈りの一つだ」
撫子は、翔伯をじっと見て、そのまま少し沈黙して、そして、答えた。
「いいえ」
二人、街に入る。灰色の街。空は闇。
風は、静かで涼やかな夜風。
二人以外に、人影は無かった。
夜に眠る街のようだった。
また、風が吹いた。今度は、強く。

「行くぞ」
翔伯は言って、少女を見下ろして、……そして口をつぐんだ。
「私のことは、撫子と、呼んでください」
少女が言を継いだ。
「翔伯さん」

『私のことは菊と呼んで?』

翔伯の視界が、ぶれた。過去と今とが、交差した。
「……」
男は、ふいに霧の中に入ったかのように、目を細めて凝らし、撫子を見つめた。
金の容姿の娘は、不思議そうに見上げて返した。
「翔伯さん? どうかなさいました?」
「……いや。わかった。撫子」


最新の画像もっと見る