少し前に読んでいたのですが感想がまだでした。
前から気になっていて、執筆がひと段落して、やっと手が伸びました。
「中空」とはなんでしょうか?
著者の河合隼雄さんはカウンセラーで、面接を重ねるうちに日本人独特の心があると気づきます。その典型を昔話や神話に見出してきました。
中空のヒントは古事記から。アマテラス、ツクヨミ、スサノオという三神がおりますが、活躍し記述されるのはもっぱらアマテラスとスサノオ。同様の構造は、ホデリ、ホスセリ、ホヲリ、また、タカミムスヒ、アメノミナカヌシ、カミムスヒの三神(ホスセリとアメノミナカヌシがツクヨミに該当)にも当てはまります。
日本神話に登場する神でありながら、なぜほとんど注目されないのでしょうか?
空だから。特にないから。
え? 神なのに特に記述すべきことがないって。
いや、そうだからこそ存在意義がありました。
西洋ではどうでしょうか?
一神教ではどうでしょうか?
神は一つ。それが当たり前で育つとどんな考え方になっていくのか?
少し想像すれば見えてくるのではないでしょうか?
異教を排除する。異端を追い出す。違う神を認めない。ジハードとか聖戦とかが正当化される。善と悪がはっきりと別れ、分断されることになっていくのではないでしょうか。
一方で、三神のうち一つの神が無力だとしたら。
善と悪だけじゃなく空が最初から入っていることで、善と悪の固定化が防がれる。善と悪が入れ替わる余地が生まれる。ちゃらになるというのでしょうか、空があることでリセットが可能になる。そして善と悪など対立する者同士の共存が可能になるのです。
大した知恵だと思いませんか?
それは環境の要因も大きいと思います。
日本は島国です。地続きの国境というものがない。
それに地震と津波と火山に台風まである。一つの建物が何百年と残ることはほとんどありません。むしろ定期的に建て替えるのが当たり前。
自然は豊かです。一方で、人間の持つ力を肯定的に受け止めることは難しかったのかもしれません。すぐに震災でゼロにされてしまうから。
そして天皇制という仕組み。天皇は国民の象徴で権力を持ちません。明治時代、天皇を神としてまとまろうとした日本は、海外の方達をことごとく敵視し、今思えば無謀としか言えない戦争に明け暮れました。
中が空であることで、対立する者同士が共存できる。相反する力を象徴に統合することで乗り越えることができる。そんな日本という島国ならではの心の深層。
一方で、短所もあります。
無気力、責任感の欠如、自分の課題を棚上げしてしまうこと、過度の依存、意思が弱い、自分が何をしたいのかわからない、ミートゥーイズム、みんなと同じじゃないと不安、などなど。
河合さんの提案は一つだと私は思いました。
「個々人が自分の状態を明確に意識化する努力をこそ積みあげるべきであろう。これは遠回りの道のように見えて、実は最善の道と考えられるものである。そのような意識化の努力の過程において、中空構造のモデルは、ひとつの手がかりを与えてくれるものとなるであろう」 77ページ4行〜7行
何でもかんでも「やばい」ではなくてね……。もっと言葉(心)はあるから。
カウンセリングも小説も「個々人の自分の状態を明確に意識化」するお手伝いができます。私もその努力をこそ積み上げてきたのだと思います。毎日日記をつけたり、こうして読書感想を書いたり。
人の心というのは、それほどまでに不可解で広大で、無限とも言えるものだから。
海のようなものです。海は広くて大きいから冒険に出たくなる。でも海のことを知らなければ、飲み込まれたり流されたりしてしまうことも起きます。
一つずつ、知ったことを書いていく。その積み上げが、その人の人間の幅や奥行きともなっていきます。自分がしあわせになり、しあわせを他の人に運べるようにもなれるかもしれない。
まずは自分から。自分という海を知っていくことから。
人のせいにするでもなく、自分のせいにするでもなく。
河合隼雄さんの書いたものを読むと、やっぱり心のどこかにピッタリと収まっていく感じがします。
河合隼雄 著/中公文庫/1999