寒さが厳しくなってきました。北国や日本海側では大雪も降り、毎年のことながら関東に住む私は冬場にたくさん走ることができてありがたいと感じています。そんななか、私が応募しようとしている「小説すばる新人賞」の選考委員をされている方達の作品を読もう強化期間に入りました(ごく個人的に、です)。
まず一作目がこちら。
作者の辻村深月さんは「傲慢と善良」(朝日文庫)が映画化もされ、今よく売れてる作家のお一人です。私はまだ読んだことがありませんでした。
たくさんある著作からこの本を選んだのは、私が一番読みたい作品だったから。
「使者」と書いて「ツナグ」と読みます。ツナグとは、一体何者でしょうか?
何と何をツナグのでしょうか?
様々な主人公が登場しますが、同じ強い思いを持ってツナグの電話番号に辿り着きます。強い思いがなければツナグと接触することもありません。
それは「死んだ人に会いたい」という強い思い。ツナグは、生きている者と死んでいる者を一晩だけ会わせることができます。光の強い満月の夜、一番長く時間を持つことができ、夜明けまで会いたいと願いあった二人はホテルの一室で再会を果たします。
家族に受け入れられることなく、会社でも居場所の限られた女性が、テレビで見た女性タレントに街中で助けられ、それをきっかけにファンとなって、タレントの急死を知ってツナグに連絡をする「アイドルの心得」。
長男として工務店を引き継ぎ、口は悪いが腕のいい仕事人の男性が心に引っかかっていたものを確かめたくてガンで亡くなった母と会う「長男の心得」。
婚約した女性が失踪し、七年経っても現れず、ついにツナグを頼った男性の「待ち人の心得」。
二人の演劇部の女子高校生の一人が通学路で自転車事故のため亡くなってしまった。その親友は大事な舞台の主役を奪われたことを根に持ち、「事故でも起こればいい」と思ってしてしまった行動が事故死の原因になってしまったのではないかと恐れ、ツナグと出会う「親友の心得」。
以上の4編は連作短編で、ここまでで終わってしまうと物足りなさが残るかもしれません。が、さすがは売れているだけはあります。次の5編目はツナグが主人公となっているのです「使者の心」。
ツナグは、ある男子高校生が務めているのですが、その子がどうしてツナグを引き継ぐことになったのかが少しずつ明らかにされていきます。そしてツナグであるために必要なこと、またしてはいけないことも祖母から教えられていきます。
その子の名は歩美(あゆみ)と言いますが、彼の両親はすでに亡くなっていました。父の浮気が原因の痴情のもつれとかなんとか、死に方が普通ではなかったので周りにささやかれたりして。その謎も解され、歩実は自らツナグとなる決心に至ります。
歩美の前の4人も主人公ですが、やはりタイトルになっているようにツナグである歩美が主人公だったのだと読み終えて思います。彼の物語を読んでやっと全体が腑に落ち、「よき物語を読んだ」という充足感が湧いてきます。そしてこの作者の他の作品にも手が伸びていく、という感じです。
小説は、文章の巧拙や人物造形の明確さ深さ、表現力語彙力、動機の切実さだけでなく、その物語を最も有効に機能させる構成を作る力が必要だと改めて思います。長い文章だけの世界ですから、いかに飽きさせない工夫ができるか。せっかく手を伸ばしてくれた人に、どれだけ親切でいられるかということにもなってきます。
あと辻村さんの作品から感じたのは、登場人物が実に丁寧に描かれているということ。それは他者への敬意が滲み出たものとも言えそうです。その気持ちだけで上手に人物が描けるというわけではないと思いますが。
「私のために書いてくれた! というたくさんの幸福な勘違い読書体験が血肉となっている」とご本人は言っています。そう、あれこれ言ってみて言語化してみても、結局はどれだけ読んで自分のものになっているか。それらはいざ自分が書いたとき、支えとなっていると実感するものです。
ということでもう次の方の作品は読んでいる最中です。あと少なくとも3冊は、「選考委員の方々の作品を読もう強化期間」シリーズとなる予定です。
辻村深月 著/新潮文庫/2012