中島敦といえば『山月記』ですね。読んだのは高校の教科書でだったか。一度読んだだけなのにずっと、鮮やかに『山月記』は残っていた。
そして、いつ、どこの古本屋で買ったか忘れたこの本。今年の夏にようやく読みたくなった。
『山月記』では、役人になったものの仕事に満足できず、詩人として生きようと仕事を辞め、詩作に没頭する中で、彼は人食い虎になってしまったという話。ある朝も通りすがりの人を食おうとして、わずかに残っていた理性によってその人が昔の唯一の友人であると判断し、食わずに済み、藪の中から友人に事の顛末を語る。自分の過ちを悔いる人食い虎。中でも最大の失敗は人を見下し、また人と関わることを止めてしまったことだと私は読みました。それが私にも痛いほどわかるから。
『山月記』以外にどんな作品を残しているのか、とても興味がありました。主題としているのは「運命」であり、また「文字の呪い」ともいうべきものでした。
「運命」では、古代中国を題材に、仕えた主君への忠誠を貫く男たちが現れる。また『巡査の居る風景』で、日本統治下にある朝鮮で、若い朝鮮人巡査の視点から当時の状況がスケッチされている。朝鮮人である誇りを隠し持ちながら日本人になれた喜びを感じさせられている複雑な気持ちがよく描かれている。中島敦は34歳、1942年に結核により亡くなった。朝鮮人の視点から物語る日本人がいたことに驚く。
「文字の呪い」というテーマは『山月記』もそうだし『文字禍』でも『狐憑』でも『悟浄出世』でも現れている。簡単にいうと、文字を覚えたがために人は不幸になったということ。頭でっかちになり、行動や対応をないがしろにするようになり、ひどい場合は文字化されたことだけが真実であると思い込み、その他の価値を見失ってしまう。概念と有機体の分裂。精神科の病の根源的な原因。浮き沈みの激しい戦争に向かっていく時代の中で、言葉と現実の相克を著者自身も身内にあるものと感じ、なんとかその目に見えない実態を書き記そうと試みたのではないでしょうか。当然のことだけどあまり感じられていないように思える文学(文字で表されたもの)は万能ではないという真実をしっかりとつかんで、その上で書こうとする中島敦の懐の深さに共感もし尊敬もします。
解説は池澤夏樹が書いていた。しょっぱなに、芥川龍之介は36歳で亡くなり中島敦は34歳で亡くなったが、芥川は書き尽くして死を迎え、中島はやっと作家になってこれからばりばり書けるところに来たところで亡くなってしまったのでとても残念だ、と書いています。芥川作品もちゃんと読もうと思っていますが、確かに池澤夏樹が言うように、中島作品は古びない。それは古代をも含む世界を把握していたから。世界を把握するまでに相当の勉強、知識、時間がかかった。芥川がだからどうだと言うわけではなく、中島敦の結核という病を抱えながらの執筆に、そこに込められたものに、その質の高さに、やはり何度も学びたいと思います。何度も読み返すことができるのも優れた本の特徴です。だからこそ読むのに時間もかかった。でも、読めた分だけ世界を見る目が変わる。深まり広がる。内なる人食い虎との付き合い方を学ぶ。
新潮文庫では『李陵・山月記』として、岩波文庫では『山月記・李陵他九篇』としても販売されています。ぜひ、読んだことなかったら、『山月記』だけでも読んでみてください。
中島敦著/筑摩書房/1992
そして、いつ、どこの古本屋で買ったか忘れたこの本。今年の夏にようやく読みたくなった。
『山月記』では、役人になったものの仕事に満足できず、詩人として生きようと仕事を辞め、詩作に没頭する中で、彼は人食い虎になってしまったという話。ある朝も通りすがりの人を食おうとして、わずかに残っていた理性によってその人が昔の唯一の友人であると判断し、食わずに済み、藪の中から友人に事の顛末を語る。自分の過ちを悔いる人食い虎。中でも最大の失敗は人を見下し、また人と関わることを止めてしまったことだと私は読みました。それが私にも痛いほどわかるから。
『山月記』以外にどんな作品を残しているのか、とても興味がありました。主題としているのは「運命」であり、また「文字の呪い」ともいうべきものでした。
「運命」では、古代中国を題材に、仕えた主君への忠誠を貫く男たちが現れる。また『巡査の居る風景』で、日本統治下にある朝鮮で、若い朝鮮人巡査の視点から当時の状況がスケッチされている。朝鮮人である誇りを隠し持ちながら日本人になれた喜びを感じさせられている複雑な気持ちがよく描かれている。中島敦は34歳、1942年に結核により亡くなった。朝鮮人の視点から物語る日本人がいたことに驚く。
「文字の呪い」というテーマは『山月記』もそうだし『文字禍』でも『狐憑』でも『悟浄出世』でも現れている。簡単にいうと、文字を覚えたがために人は不幸になったということ。頭でっかちになり、行動や対応をないがしろにするようになり、ひどい場合は文字化されたことだけが真実であると思い込み、その他の価値を見失ってしまう。概念と有機体の分裂。精神科の病の根源的な原因。浮き沈みの激しい戦争に向かっていく時代の中で、言葉と現実の相克を著者自身も身内にあるものと感じ、なんとかその目に見えない実態を書き記そうと試みたのではないでしょうか。当然のことだけどあまり感じられていないように思える文学(文字で表されたもの)は万能ではないという真実をしっかりとつかんで、その上で書こうとする中島敦の懐の深さに共感もし尊敬もします。
解説は池澤夏樹が書いていた。しょっぱなに、芥川龍之介は36歳で亡くなり中島敦は34歳で亡くなったが、芥川は書き尽くして死を迎え、中島はやっと作家になってこれからばりばり書けるところに来たところで亡くなってしまったのでとても残念だ、と書いています。芥川作品もちゃんと読もうと思っていますが、確かに池澤夏樹が言うように、中島作品は古びない。それは古代をも含む世界を把握していたから。世界を把握するまでに相当の勉強、知識、時間がかかった。芥川がだからどうだと言うわけではなく、中島敦の結核という病を抱えながらの執筆に、そこに込められたものに、その質の高さに、やはり何度も学びたいと思います。何度も読み返すことができるのも優れた本の特徴です。だからこそ読むのに時間もかかった。でも、読めた分だけ世界を見る目が変わる。深まり広がる。内なる人食い虎との付き合い方を学ぶ。
新潮文庫では『李陵・山月記』として、岩波文庫では『山月記・李陵他九篇』としても販売されています。ぜひ、読んだことなかったら、『山月記』だけでも読んでみてください。
中島敦著/筑摩書房/1992
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