窯元日記復活

奈良博三昧 国宝 最澄筆 尺牘(久隔帖)

奈良博三昧 <国宝最澄筆 尺牘(久隔帖)せきとく(きゅうかくじょう)>
1幅
紙本 楮紙 墨書 掛幅
縦29.3 横55.2

平安時代 9世紀
弘仁4年 813 年






久隔帖
きゅうかくじょう
最澄が空海のもとにいた弟子の泰範にあてた自筆書状。泰範を通じて空海に返信をしたため,あわせてその著書の借覧を請うた行書の書簡。弘仁4 (813) 年 11月 25日の日付がある。紙本。冒頭に「久隔清音」とあることから久隔帖と呼ばれる。国宝。王羲之の正行を学んでしかも清浄の気が漂う名跡。奈良国立博物館蔵。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典から

奈良博収蔵品データーベースから「 最澄(伝教大師、767~822)が高雄山寺(今の神護寺)の空海のもとにいた愛弟子の泰範に宛てた書状。現存する唯一の最澄自筆書状で、「久隔清音(久しく御無沙汰を)」と書き出しているところから、「久隔帖」と呼ばれて名高い。内容は、先に空海から送られた詩の序のなかに知らない書物の名があり、唱和する詩を作るために、その図儀や大意を空海に聞いて知らせてほしい、というものである。  時に最澄は47歳。文中、空海を指す「大阿闍梨」の箇所で行を改めるなど、7歳年下の空海に対して礼を尽くしている。  この書状は、最澄と空海との親しい交わりを示すと共に、最澄の真摯な人柄と恭謙な心情をうかがわせる。文字は清澄で格調が高い。  「久隔帖」は江戸時代には青蓮院に伝えられており、多和文庫(香川県大川郡志度町の多和神社)を経て、美術品の蒐集家として知られる原三渓(1866~1939)が所有していた時期もあった。(西山厚) 」
伝 来銘 文指定名称
青蓮院(京都)伝来、原富太郎旧蔵
釈文「久隔清音馳戀無極傳承/安和且慰下情/大阿闍梨所示五八詩序中有/一百廿禮佛并方圓圖并注義/等名今奉和詩未知其禮/佛圖者伏乞令聞 阿闍梨/其所撰圖義並其大意等/告施其和詩者忽難作/着筆之文難改後代惟示其/委曲必造和詩奉上 座下/謹附貞聦佛子奉状和南/弘仁四年十一月廿五日小法弟〓澄【状上】/高雄範闍梨【法前】/此頃得法花梵本一巻/爲令覽 阿闍梨以來月/九十日許参上若有和上/暇必將参上若無暇更待/後暇惟示指南【委曲尋申上/謹空】」
伝教大師筆尺牘 弘仁四年十一月廿五日



https://www.narahaku.go.jp/collection/648-0.html


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