2003年から2008年にかけて早稲田・立命館大学の大学院生に向けた講義の中で語った内容をまとめ本書となった。
本書において、新渡戸稲造が旧制高校の校長を辞めるときに引用したサミュエル・ジョンソンの言葉を引用しています。
『愛国主義は悪党の最後の隠れ家である。』
誰もが反対しづらい美辞麗句、思わず惹きつけられてしまう気持ちのよい言葉、誰もがわかりやすく単純化された(でも深意は隠された)言葉、思わず振り向いてしまう大きな声には注意が必要だということを言いたいのでしょう。そして、巷にあふれる情報や情緒に流されること無く、自分の頭で考え、世間で言われていることに懐疑心を持つことが大切だと説く。しかし、その懐疑心によって得られた〝正しい答え〟さえも、〝正しい答え〟なのかと疑う、そんな態度が〝疑うことを学ぶ〟ということだという。
本書の中で印象に残った部分を抜粋。
実は、今月私が書こうと思っていたのは、流行語にロクなものが無いとはいえ、なかでも世に現れたもののなかで最悪と私が思っているひとつの流行語のことでした。 〝KY〟 がそれです。〝空気が読めない〟の略なんだそうです。
流行語にセンスがないのは今に始まったことではないのですが、なかでもひどいですね。頭文字をとった略称だと言うのなら、〝空気が読める〟と読むことだって可能です。
そんなことより何より気に入らないのは、この言葉の脅迫的なことです。
空気を読め、さもないとお前は時代遅れだぞ、仲間外れだぞ、とおどしている。そうでなくとも「命令型」でよかった日本語を「懇願型」の婉曲話法に変えていくほど心優しい若者たちが、この同調努力にどうたえられるのだろうか ― と私はまたお節介な心配をしています。
それどころか、この国の歴史のなかで、何を残し、何を捨ててもよいから、これだけはあなたたちが引き継いで欲しくはないと私が思い続けて来たもの、それが〝KY〟に凝縮している思考なのです。
言うまでもなく、この国の歴史のなかでの最大、最悪の国家的失敗(破滅)は1945年8月15日に決着しました。なんでそんなことになったのかを辿るとやはり〝KY〟に行き着くのです。その話をもっときちんとできる「手紙」を書かないといけませんね。では、また。
手紙」は実際には届かなかったけれど、筑紫さんの思想はこうして僕らに届いている。
以下、本文中に出てくる重要事項のメモ
- エズラ・F・ヴォーゲル・・・『Japan as No.1』(1979年)の作者。アメリカが日本に追い越されることを警告した書。
- 男女平等条項・・・日本国憲法の14条と24条がそれにあたる。アメリカには憲法には明文化されていない。イコール・ライツ・アメンドメント(ERA)憲法改正運動としてアメリカで現在も続いている。
- 判官贔屓(ほうがんびいき)・・・『勧進帳』。弱者に対する肩入れ
- バンドワゴン効果・・・賑やかで面白そうなところへみんながついていくという現象。
- 岡倉天心『茶の道』
- 鈴木大拙『禅と日本文化』
- 松岡洋右・・・柳条湖事件から起こる満州事変を調査したリットン調査団の報告書を不服とし、国際連盟で演説を行い、会議場から退場した。その年新渡戸稲造は亡くなる。
- ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』
- テオ・アンゲロプロス・・・ギリシャの映画監督。
- 沢田教一・・・カメラマン。ベトナム戦争での写真、『安全への逃避』で1966年ピューリッツァー賞受賞。1970年銃弾に倒れる。
- マルク・リブー・・・カメラマン。
- デヴィット・ハルバースタム・・・ジャーナリスト。『The Best & The Brightest』(1972年)ベトナムでの状況が政府が言っていることと違うことをニューヨークタイムズ紙を通じレポート。〝quagmire(泥沼)〟と表現。
- プラトン『パイドロス』・・・〝文字を発明したから人間は堕落して書物に頼るようになってしまったのだ〟〝民主主義は独裁を招くことがある。・・・非常に厄介な独裁は、多数による専制である。