昨日急遽、保原町の営農センターに思い立ったように行って来ました。
目的は家庭用の桃 🍑 の購入と、ドライブ 🚙 をして気分転換を。
コロナ過で人ごみには行かず、チョットストレス気味。
どうしても私、ストレスがたまると間食 🍘 が進む。
↑ 郡山市から距離で61キロ 。 イメージ写真。
着いた時間は、お昼ちょっと前。
写真のように車は駐車できなかった。
販売する所の前に縦長に停めて、駐車。
今日は、あまり販売する数が少ないような感じ。
買いに行きたいときは、調べて行った方が良いかも知れません。
私は、万が一モモを買えなくても気分転換のドライブが目的だったから。
↑ 販売テーブルの上にはわずかな箱が。 これはイメージ写真。
販売テーブルの上には完熟5箱のみ。
↑ 前の人が2箱購入、私も2箱購入。 これは購入してきた桃🍑。
残りは1箱のみ。
でも、完熟桃 🍑 1箱600円考えられない値段。
完熟桃とあって日持ちはしないよう、箱から出して桃の下(ヘタの部分)を眺めた。
そうそう、この日の 🍑 の品種は「川中島」でした。
桃の季節の、終わりの方の品種。
↓ 帰りは福島市の、フルーツラインを通り道沿いのお店を横目で見ながら道の駅の前を通り。
赤の信号に、車の中から道の駅の「駐車場」を眺めよらずにあずま運動公園に。
↑ 福島市あずま運動公園。
↑ 福島市民家園。
↑ 園内案内図。
↑ 旧佐久間家板倉(きゅうさくまけいたくら)。
江戸末期~明治時代の建築。
穀倉(こくぐら)とも呼ばれ、主に籾(もみ)の貯蔵に使われてきました。
この板倉は福島市内では珍しい大型のもので、内部を区画して使用していました。
↑ 旧小野家。
明治6~7年に建てられた養蚕農家。
足場式(あしばしき)中二階(ちゅうにかい)と屋根裏も蚕室として利用され、明かりを取り入れる工夫として、半切妻屋根になっており、屋内空間のほとんどが養蚕のための造りとなっています。
この半切妻屋根は県北地方の養蚕農家の代表的な特徴です。
また、養蚕道具の展示も行っていました。
↑ ばったら小屋。
↑ 旧筧家宿店。
↑ 元客自軒(旧紅葉館)。
↑ 旧広瀬座。
旧広瀬座は伊達郡梁川町の広瀬川川岸に当時の唯一の大衆娯楽施設として、明治20年(推定)に町内の有志によって建てられた芝居小屋です。
舞台中央は回り舞台でその床下には奈落があり、花道・ぶどう棚・ちょぼ席など芝居小屋として必要なものはひと通り備えています。
外観も全般にわりあい簡素で古い形式ですが、小屋組には明治中期の建築を反映して、梁の長い洋風な造り(真束小屋)が採用されました。
舞台の裏手は楽屋になっており、板壁には当時来演した役者たちの落書きが多数残されています。
このような芝居小屋は全国的にみても数棟しか現存していません。
明治の終わりから大正にかけて、次第に芝居の間に映像を入れる連鎖劇が上演され、昭和になると活動写真(映画)の人気が高まっていきました。
昭和24年にはついに、映画館として改装され新たな娯楽施設となりましたが、テレビの登場で次第にすたれてしまいました。
広瀬川のたび重なる氾濫で被害を受け、昭和61年の洪水のあと、川幅を広げるため取り壊されることが決まりましたが、貴重な芝居小屋を残すため民家園で復原されました。
なお、周防正行監督映画「カツベン」やNHK朝ドラ「エール」の撮影ロケ地にもなりました。
↑ 旧広瀬案内板。
↑ 元客自軒(旧紅葉館)方面を眺める。
↑ 旧筧家宿店。
↑ ノスタルジックな光景。
↑ 民家園入口付近。
↑ ヤブラン。
↑ レンゲショウマ。
↑ 入口付近にいた係りの方に教えて頂きました。
レンゲショウマの花。
終わりかけていると。
↑ インターネットで調べたら確かにこんな花でした。
↑ 良く解らないまま福島市の民家園を訪れたが。
こうして観ると、民家園は広い。
私が訪れたのは3分の1くらいのエリアだろうか。
又いつか機会が有ったら、ゆっくりと。
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