48.極東軍事裁判開廷
48.1.開廷
昭和21年5月3日(金)午前11時20分、極東軍事裁判が東京の旧陸軍省内で開廷した。
ヴァンミーター執行官による開廷宣言に続き、ウェッブ裁判長が裁判開廷の挨拶を行った。
48.1.1ウェッブ裁判長挨拶
(極東軍事裁判速記録より、但し一部を現代仮名遣いや当用漢字に変えている)
今日此の法廷に集合するに先だち、私共は恐るる所なく、且つ依怙贔屓或いは愛情に支配さるることなく、法に照し公明正大なる判決を下すべしとの共同宣言に署名したのであります。私共は我々に課せられました責任の如何に重大であるかを十分に認識して居るのであります。
今回の如き重要な刑事裁判は、実に世界史上に其の比を見ないのであります。
(中略)
一方今回起訴せられ当裁判所に出頭して居る各被告は、一地方知事の如き渺たる存在ではなく、過去十有余年の間、即ち日本の国運隆々として居りました当時、指導的立場を占めて居たものばかりで、元首相、外相、蔵相、参謀総長、軍令部長其の他日本政府の最高の地位に在りました者を含むものであります。
是等被告の問われる罪は、世界平和に対する、戦時法規違反の罪及び人道に対する罪並にこれ等の罪を証す共同謀議であります。
起訴されて居ります罪は其の数の多いこと、共の規模の広汎なることに鑑み、これを裁く裁判所として最も適当なるものは国際的性質を有する軍事裁判所、即ち日本を屈服せしめたる連合国の代表者を以て構成せられた裁判所であるとの決定を見たのであります。
(後略)
48.1.2.起訴状朗読
起訴状の朗読は、午後2時40分からヴァンミーター執行官によって行われた。
その後午前11時42分から休憩に入り、午後2時40分に再開され、ヴァンミーター執行官による起訴状の朗読が始まった。
起訴状では次の3つの分類で55の訴因が述べられ審理が始まった。
(1)平和に対する罪
(2)殺人
(3)通例の戦争犯罪及び人道に対する罪
第一類 平和に対する罪
次の諸訴因について平和に対する罪を問う該罪はここに記載せられたる者及びその夫々が極東国際軍事裁判所条例第五条特に第五条(イ)及び(ロ)並びに国際法又はその孰れかの一により個々に責任ありと主張さられ居る行為なり。
(続いて訴因 第一〜第三十六までが読み上げられる (略) )
第二類 殺人
次の諸訴因については殺人罪及び殺人の共同謀議の罪に問う該罪はここに記載せられたる者及びその各自が個々に責任ありと主張さられ居る行為なると共に既述の条例第五条の全項、国際法並びに日本を含む犯罪の行われたる国々の国内法又はそれ等の一又は二以上に違背したる平和に対する罪、条約上の戦争犯罪及び人道に対する罪なり。
(続いて訴因 第三十七〜第五十二までが読み上げられる (略) )
第三類 通例の戦争犯罪及び人道に対する罪
次の諸訴因については通例の戦争犯罪及び人道に対する罪を問う該罪はここに記載せられたる者及びその夫々が極東国際軍事裁判所条例第五条特に第五条(ロ)及び(ハ)並びに国際法又はその孰れかの一により個々に責任ありと主張さられ居る行為なり。
(続いて訴因 第五十三〜第五十五までが読み上げられる (略) )
起訴状は,訴追対象を1928年1月1日から45年9月2日までとし、28名の被告を〈平和に対する罪〉〈殺人〉〈通例の戦争犯罪及人道に対する罪〉に概括する55の訴因で起訴した。
とくに訴因第1の1928年からの〈平和に対する罪〉の包括的共同謀議には全被告が該当するとした。
「平和に対する罪」、「人道に対する罪」は、ドイツ降伏後に新たに設けられた罪だった。
その行為をなした時、犯罪とされていなかった行為を事後に作られた法律(事後法)で処罰するのは本来、禁じられている。
しかしこれは、東京裁判のための「極東国際軍事裁判所条例」でも、そのまま使われた。
さらに問題とされたのが「共同謀議」だった。共同謀議とは、英米法に特有の概念で、二人以上の違法な意思によって犯罪が成立するが、たとえ見知らぬ同士でも、合意形成に参加した事実があれば、これが適用される。
連合国側は、満州事変以後の日本の軍事行動にかかわった軍人、政治家らを「平和に対する罪」の共同謀議でひとくくりにしようとした。
弁護側は激しく反発した。
その主張は、①侵略戦争はそれ自体不法ではなく、戦争を放棄した1928年の不戦条約は戦争を犯罪であるとはしていない、②戦争は国家の行為であり、国際法上個人的責任はない、③「平和に対する罪」は事後法であり、従って不法だーというものだった。
さて極東軍事裁判速記録に戻る。
48.1.3.弁護団の裁判官忌避申し立て
5月6日(月)起訴状に対する被告人それぞれに罪状認否が行われようとした。
しかし、清瀬弁護人は、被吿に被疑事実の有罪、無罪を申立てをする前に、「前󠄃提となる動議、及び裁判󠄄官に対する忌避󠄃の申立」を要求した。
<清瀬弁護人>
<以下、「極東軍事裁判速記録」より抜粋>
ウエツブ裁判󠄄長 被吿に被疑事実の有罪、無罪を申立てることを要󠄃求致します。
清瀨弁護人 裁判󠄄長。其の前󠄃に前󠄃提となる動議がございます。それから又󠄂裁判󠄄官に對する忌避󠄃の申立もございます。ブリー(弁論趣意書)が行はれる前󠄃に御許しを願ひ度いと存じます。
ウエツブ裁判󠄄長 其の忌避󠄃申立とは何でありますか。
清瀨弁護人 今申立てます。私は裁判󠄄官の別々に名位に対して忌避󠄃の申立を致したいのであります。其の理由は後に申上げますが、私は諸氏に対して玆に忌避󠄃を申立てますけれども、敬意を失する。尊󠄄敬の念が少いからではないのであります。此の裁判󠄄をして真に歷史󠄃的の使󠄃命を完うせしむる為に之を行はんとするものであります。
ウエツブ裁判󠄄長 あなたは此の裁判󠄄官の各々に個人的に忌避󠄃を申立てて居られるのですか。
清瀨弁護人 左樣です。
ウェッブ裁判長 各別々の事件に付きまして簡単に其の理由を述べて下さい。
清瀬弁護人 それでは先ず裁判長サー・ウキリアム・フラット・ウェッブ閣下にする忌避の理由を述べます。
ウェッブ裁判長 如何なる理由ですか。
清瀬弁護人 共の一つに正義と公平との要求の為にウェッブ卿がこの裁判をなされることは適当でないと云ふことが一つ。其の二つは彼の昨年七月二十五日ポツダム宣言の主旨を守って此の裁判をするのには、ウェッブ卿は適切な人ではないと考へるのが二つであります。
ウェッブ裁判長 もう少し詳細に共の理由を申立てて下さい。
清瀬弁護人 今直ちにそれを申述べます。第三はウエッブ卿はニューギニアに於ける日本軍の不法行為に付いて調査をせられた。それに対してオーストラリア政府に既にそれら意見を報告されて居る事実であります。これら三点について、今ウェッブ卿の要求に基づき、少し説明を加えます。
ウェッブ裁判長 私はニューギニアその他の地方に於て私が行いました報告に関して、それがここに私が裁判長として坐ることに開係があるとは思いませぬ。当裁判は今休憩を宣します。そうして適当と思ふ時に再び開延致します。私は今あなたの仰せられることに関与することは出来ませぬ。私としては・・・裁判所自身としては之を続けるとしても、立ち会うことは出来ませぬ。
キーナン検察官 若し裁判所に対する反対がございましたならば、それは文書にして提出すべきものであると思います。
ウェッブ裁判長 小さいことに依ってまで此の法廷の議事進行が支配されることはないと思います。其の場合には特別の規則を作らなくてはならぬと思います。
キーナン検察官 若し、本裁判所の規定に対しては、検察団としてはそれを破棄することは差支へないと思ひますが、此の法廷の一般的管轄に付ての規定に関しては、若し異議があるならばそれは文書にして提出することを提議致します。
ウュッブ裁判長 第二番に聞きました所に依ると、さういう一般的反対があるように思います。
清瀬弁護人 忌避申し立ては憲章に謂うモーションでもリクウェストでもアプリケーションでもなく、法廷に於て咄嗟に起るものであります。忌避申し立てまでも書面を以て提出すると云ふことは此の憲章の趣意でないと私は考へます。今裁判長は休憩を宣されましたから、休憩後に於て私の忌避の理由を十分に、冷静に御聴き願いたいと思ひます。ニューギニアの問題、裁判長のなさった報告、あの中にはアトロシテイ(暴行)・マーダー(殺人)もあるのであります。それがやはり此の被告の責任となつて此の法廷に出るのでありましょう。私は無関係とは信じませぬ。必ず開係があります。若し此のインダイトメント(起訴)の中からニューギニアの問題を省くというならば別であります。
(要するに、清瀬弁護士の主張の趣旨は、起訴する資料の一つとなっているニューギニアの問題の報告書はウェッブ卿によって報告されたもので、関与していることが明らかである。従って、判事としてこの件を裁くには相応しくない。と云うのである)
ウェッブ裁判長 私は条件を申すことは出来ません。休憩を宣したいと思います。若し私の同僚裁判官が其の議論を聴きたいと思うのでありましたならば、休憩後に再び此處にやって参りましょうが、私は出席致しませぬ。
清瀬弁護人 今の私の申し上げたことの翻訳が少し間違って居りますから、前段に付て一つ申し上げたいと思います。私の言つた一番初めのことは、憲章十条に法文全ての動議、申立、請求は開延前に書面を以て出すと云ふことがありますけれども、忌避のやうな法廷で咄嗟に起るものを書面を以て用意すると云うことではないと考へる旨を述べたので、それだけを訂正願います。
キーナン検察官・・・・(通訳無し)
ウェッブ裁判長・・・・(通訳無し)
午前十時二十分休憩
午前十時三十五分開廷
ノースクロフト判事 休憩中に当裁判所の各判事はウェッブ裁判長を除きまして、本反対に関しまして討議致しました。各判事は私に裁判長の椅子に坐つて其の結果を発表するように依頼しました。当裁判所の各判事は当裁判所の各判事別々に対する反対は許可しないことに決定しました。本裁判所条例第二条に依りますと、判事は最高司令官マッカーサー元帥より任命されることになっています。従って当裁判所と致しまして判事のどなたをも欠席さすことは出来ませぬ。
ウェッブ裁判長 私は当法廷の裁判官を受諾致しまする前に、私の前歴に付きまして慎重に検討致したのであります。私は私の説が最も信用すべき凡ゆる法律者に依つて支持せられたことに確信を抱きました。
清瀬弁護人 罪状記香の手織にお入り下さる前に、
私共が過日書面を以て営裁判所の管轄に関する申立を出して置きましたが、それを比處で陳述するのが適切ではないかと考へます。何となれば、此の申立の趣意が採用されますれば、罪状の中の一部は認否を求める必要がなくなるのであります。それ故にそれは前提間題であると存じます。
ウェッブ裁判長 被告は条件を附けて認否をする権利を持って居ります。被告の権利はそれに依つて保障されて居ります。
清瀬弁護人 それでは裁判長は今この問題を直ちに法廷に出現しないでも、被告が後日此の申立書の範囲にあることを主張する機会をお与へになって、それで認否を御進行になると言ふ意味でありましょうか。
ウェッブ裁判長 後日にやって宜しいと云ふことであります。
清瀬弁護人 それでは此の書面に含んで居る管轄に関する件を全部留保致しまして、即ち被告が将来出すであろうフリーは此の事を条件として附するものと御諒解を願って置きます。
ウェッブ裁判長 認否は一回限りでありまして、後日に於て管轄を疑うことは出来ませぬ。
清瀬弁護人 それであるならば是非今言はなければならぬと思ひますが.........・・・。
ウェッブ裁判長 条件附でやって宜しい。
清瀬弁護人 それで分りました。それでは此の管轄に開すること、其の他の特殊申し立てを留保して認否をすることにご了解を願います。別けても管轄に関することは前提問題でありますから速かにそれが審理されるやうに希望申し上げて置きます。
ウェッブ裁判長 被告に認否を尋ねます。荒木貞夫、あなた如何に申し立てますか。有罪ですか、無罪ですか。
こうして取り敢えず、被告人の罪状認否へと進んだのである。
<続く>