「マンハッタンの哀愁」ジョルジュ・シムノン
シムノンにハズレ無し。
つっても、全部(三百編!)読んでないけどさー。
そもそも翻訳されてなかろう。
メグレシリーズを含め、10冊前後は読んだはず。
心の襞、気持ちの機微を描く丁寧さ。
ちょっとした行動や、言葉で、突如身近に感じる登場人物たち。
人物に対する姿勢、距離感がじつにフェア。
巧みであるにも関わらず、読者に対してもフェア。
この率直さ、世界共通ー。
世界中で愛読されるゆえんか?
人生に疲れ、行き詰まった中年の男女。
ニューヨークのダイナーで偶然出会ったふたりは、
あてどなく彷徨い、時間を、空間を共有する。
孤独から逃れる為、誰でも良かったはずの偶然は、
いつしか必然へとなり、あらゆる感情の波が押し寄せるが…
相手に何かを見出し、自分の中の何かに気づく。
人生において、確信出来ることがいかに少ないか。
男と女は違う生き物である─。
少なくとも、この小説の二人は。
全く異なる心の旅路を辿り、ゴールも同時ではない。
人生に対する恐怖と恋愛に対する恐怖が折り重なり。
先を争うように、顔を出す。
羞恥と気遣い、疑問とイライラ。
愛情と不安、嫉妬と不快。
そして怒り。
修羅場を向かえ、
離れ離れになり。
そして─
雰囲気的には、死刑台のエレベーターを彷彿。
やはり、カラーではなくモノクロの感覚。
ラストは戯曲のような、空間的な余韻を残す。
不器用な男が
愛を確信するまでの、愛情経路。
二人の違いを巧みに大胆に、
時に赤裸々に描く。
滋味溢れる再出発賛歌。
うう~む、と唸らされるシムノン節。
「あんた、わたしを追い越したと思っているんでしょ?
わたしよりずっと先にいると思い込んでいるんでしょ?
かわいそうな人、ずっと後方にいるのはあんたのほうなのよ」