ミニョンは鍵を開けようとして驚いた。
急に現れたのは他でもない、母親だったからだ。久しぶりに会う母親は、かなり驚いた様子で二人を見ていた。自分が恋人や女友達を母親とニアミスするような場所に連れて来たことがないし、今は真夜中だからだろう、とミニョンは思った。
三人はぎこちない雰囲気のままソファーに座っていた。ミヒは明らかに真夜中にのこのことミニョンと一緒に別荘にやってきたユジンが気に入らない様子だった。ミニョンは今まで一度もミヒに恋人を紹介したことがなかったからだ。
「ソウルに帰るの?」
「いいわよ。少しなら時間があるから話して。それにしてもどうしたの?こんな夜中に。仕事で一緒の方かしら。忙しいんでしょう?」
すると、ミニョンは珍しく困ったような顔でチラリとユジンを見て
「ええ、そうなんです。」とお茶をにごした。
「でも、こんな夜中に若い二人が山奥に来るなんて、感心しないわ」
ミヒはユジンを足の爪先から頭のてっぺんまでじろりと視線を走らせて言った。その顔にはとがめるような表情が浮かんでいた。
ユジンは居心地が悪さに、俯いてモジモジした。ミニョンはそんなユジンを見て言った。
「母さんはここを独り占めしたいだけだから気にしないで。それにしても冬だから残念だなぁ。夏だったら、近くに川があるらしいから、泳いだり魚釣りが出来たのになぁ。」
すると、ミヒは呆れた様子で話した。
「ミニョン、よく言うわね。あなた、7歳の時にあの川で溺れたじゃない。忘れたの?」と。
ミニョンは驚いて言った。
「母さん、何言ってるの?僕は韓国が初めてだよ。溺れたのはアメリカだろ?」
するとミヒは突然狼狽した様子になった。
「あらやだ。そうだったわね。別の話と混乱しちゃったわ」
ミニョンの心で何かがざわめいた。いつも冷静なミヒが驚くほど動揺してカップを持つ手も震えていたからだ。
ミヒは動揺を悟られないように話を続けた。
「でも、こんな山奥だと何もないからソウルの人には退屈じゃない?」とユジンに微笑みかけた。
「母さん、ユジンさんはね、ソウルの人じゃないんだ。春川出身なんだよ。」
すると、ミヒは余計に動揺した様子を見せた。もはや、目を合わせなくなり、ソワソワし始めた。ミニョンは少し変に思ったが笑顔で続けた。
「母さん、行ったことある?すごく良いところなんだ」
「、、、いいえ、一度もないわ、、、」
「じゃあ、今度行こうよ。きれいな湖があるんだ。もちろんユジンさんのガイドでね」
すると、ミヒは慌てて立ち上がった。
「あら、こんな時間だわ。もう行かなくちゃ。」
そんなミヒを見送るミニョンの心の底で何かが囁いた。しかし、そのささやきはかき消されてしまった。やっとユジンと二人きりになれた嬉しさが勝ったからだった。
ミヒの車が走り去ると、二人は静かに見つめ合った。
「母がいるなんて、びっくりしたでしょう?」
ユジンは静かに首を横に振った。
「実はここに来たら、一番先にしたいことがあったんです。」
ユジンはなあに?と無垢な目でミニョンを見つめた。
ミニョンはコートからユジンの両手をそっと出して、それは大事そうに握りしめた。
「こうやってユジンさんの手を握りしめて、慰めたかったんです。辛かったでしょう。」
温かな指先から伝わる温もりや、ミニョンの優しい眼差しがユジンの悲しみを溶かしていった。ユジンの顔が泣き笑いになった。ユジンはまだこの状況にまだ慣れずに、ぎこちなく笑っていたが、そんなユジンをミニョンは真剣な眼差しで見つめるのだった。
その頃、ミヒは車の後部座席で疲れた顔をしていた。さっきミニョンの前で思わず口が滑ってしまった。自分が思う以上に動揺しているのが二人にバレなければいいけれど。
すると、向こうから自転車に乗って走ってくる男性が見えた。ミヒは急いでウインドーを開けた。
「こんばんは。お久しぶりです。」
「奥様!韓国に帰ってらしたんですね。息子さんもお元気ですか。」
「ええ。あなたにはあの時助けていただいて、感謝しきれません」
「いえ、俺は当然のことをしたまでですから」
「、、、今日は遅いので、また改めてお礼にうかがいますから。失礼しますね。」
そう言うと、ミヒと謎の男性の会話は終わった。男性は懐かしそうにミヒの車を見送るのだった。