ある新刊を発行された、ある著名な医科大学名誉教授が、その本のプロローグで、
明るく生きる極意として、「座禅で無の境地」・「写経・読経で人生を生き生き」と
述べておられるが、無の定義が分からないと、無の境地が分からない。
写経・読経といわれるが、経の字源が明確に分からない。
神聖幾何学で述べてあるように、経と経文は明確に違う。
そうでないと、経が写せても、経を読むことではないことが分からない。
分からないから経の説明の漢文を写すことが「写経」と誤解され、漢文を写している。
また、経の説明の漢訳の経文を読むことを「読経」と誤解されている。
読むのは経文ですから、「読経文」という言い方が正しいのです。
経とは「法図」であり。
経文とは、その法図の梵語の説明文を漢訳された漢文のことです。
写経とは、法図を写すことであり、読経文とは、法図の漢訳された説明の漢文を読むことです。
このように、真の仏陀釈尊の教えの「人の象(かたち)に似た記号」を知らない者が、
いろいろ解釈した結果、いろいろ宗派を作り上げたのです。
東日本大震災より大きな災害、社会保険庁より大きな詐欺に、気づかないのです。
「全人類洗脳」という大きな錯覚・妄想・幻想に誰一人気づかないでいるのです。
これでは、呪われた人類に、明るい未来が用意されていないのではないでしょうかね?
天地を癒す秘密の言霊
アヤナワン・アリンガトワ!
A YA NA WA-n ・ A Linga TA-o WA
あやなわん・ありんがとわ!