仏陀釈尊が仰せになられた「人生の定義」に下記を足しておきます。
「人は生かされて生きています」 人は、大神に創造されて生かされています。
人生は、大神から与えられたものです。
人は、大神に与えられた自由意思と想像力と想像性で、与えられた人生を創造しています。
あの世もこの世もヒトツであり、肉体を持つか持たないかだけです。
人間の造り手の無明とは、法図の無理解のことですから、法図と生活が一致しないのです。
生活優先、法図後回しでは、不成仏霊となります。
法図(あの世の備え)と生活(この世の備え)は、自転車の前輪と後輪の関係です。
両輪でワンセットです、ヒトツなのです。
生活(この世の備え)の一輪車で走っているのが人間です。
法図(あの世の備え)が目的であり、生活(この世の備え)が手段です。
手段あっての目的であり、目的あっての手段です。
二つでヒトツなのです!生命活動とは、生かされた命の活動であり、命の生きる活動です。
肉体は命の付属物です。それを生活といいます。正しい生活習慣が大事です。