●第23回「人間関係能力重視社会と専門能力優先社会
~日本企業の慣習と社員の価値判断~」
今回は、職場での社員の評価方法について考えてみたい。
日本企業の採用基準および人事評価では、会社と協調的な人間関係維持能力重視か実績による成果主義かの議論が盛んである。
会社員の採用では、会社ごとに自社にのみ役立つ人材を育成するとの前提からジェネラリストの採用がなされてきた。そして、新入社員の潜在能力を図る指針として学歴に基づいた採用システムが根付いており、専門性を重視した中途採用市場は未だ道半ばということである。
バブル経済崩壊以後は、コスト削減を主目的として、グローバル化(アメリカ化)の影響を受けながら、従来の年功序列主義に代わる指標を、能力成果主義に求めた。しかし、これらアメリカから輸入した人事評価の問題が、今なお、日本企業の組織力、業績にいい影響を与えていないのではないかとの声が多い。
日本企業の望む「人間関係維持能力」とは、いかなるものか。
会社の方針に異を唱えず、従順であること、会社の指示に忠実に従うことなどが求められている。上司は、部下に対して温情主義的な態度をとり、業績や成果というよりも、和を保つ社員を重用する。
日本企業が成功をおさめてきた工業化社会においては、組織目標・目的も明確で、いかにその目標を効率的・効果的に処理するかが求められてきた。そのため、企業組織も基本的にタテ社会となっており、意思決定も伝統的なピラミッド型組織となっている。
稟議制度という日本的な意思決定システムは、時間はかかるが、組織全体が動き出したあとでは、効率的なものと看做されていた。この時代には、会社の指示に忠実な、静かな物言わぬ社員が有効に機能し、重宝された。
一方、欧米に見られる「専門能力優先社会」とは、社員一人ひとりは会社人間とは考えられず、専門的知識を駆使して組織の目標・目的実現のために寄与するという形になっている。はじめに個人ありきが前提のため、ややもすると、組織全体の業績において、集団主義的な性格をもつ日本のような会社人間の組織には、ことごとく、打ち負かされてきたことがあった。
意思決定も、少数の上級経営幹部によりなされるため、スピードが速かったものの、組織全体が動き出し、成果を出すまでの時間を考えると、工業化社会においては、日本企業の後塵を拝したことになった。
工業化社会が成熟し、第3の波の情報化社会が到来、その先は、コンセプチュアル(右脳重視)社会あるいはクリエイティブ社会の第4の波の時代が予測されている[参考:当ブログ●第4の波「コンセプチュアル社会」とハリウッドの世界戦略~「右脳流出の時代へ?」]。
この第4の波の時代は、重視される活動主体は、「組織」から「個人」へシフトしていく。企業組織の競争力は、自社の商品/サービスを「いかに」造るかから、自社の「なに」を創っていくかへ移行していく。
シュムペーターのイノベーション(革新)でいえば、プロセス・イノベーションの時代からプロダクト・イノベーションの時代である。
日本企業の人事育成策は、ジェネラリスト育成にある、と述べた。新卒を採用して、自社の色に着実に染めて、組織力の戦力として一人前に育てるというものである。第2.5の波(工業社会+情報)の代表選手、トヨタ自動車も、国内市場が成熟したあと、海外での人材育成は、基本的に、これまでのやり方を踏襲している。例えば、インドでの人材育成は、国内のシステムを海外に輸出したもので、中途採用は避け、新卒によるトヨタウェイによる人事育成戦略を採っている。
日本企業でのプロフェッショナル(専門職)といえば、法律や会計のプロフェッショナルを採用している例はあるが、経営やマーケティングのプロフェッショナルとしては、コンサルタント/マーケティング会社などを活用する他は、基本的には、自社内のたたき上げの社員が中心として活躍する。これら経営/マーケティング分野のプロフェッショナルの組織間での流動性は極めて低い。
さて、
産業構造の変質が明確になる今、日本企業は今までの人事評価の慣習を保ったままで、組織構造も工業化社会のままで、これからの激しいグローバル競争に生き残れるのだろうか。
海外での企業の対応を振り返ってみよう。
海外、とくに、アメリカの企業は、日本企業の集団主義的な組織力の脅威に対応し、チームワークの能力を磨き上げてきたことを述べた[前回のブログ●個人の個人主義と社会の個人主義社会]。
外国企業では、他人協調型の能力が重視されてきつつある。ただ、この「協調」のかたちが日本とかなり違っているのだ。日本の場合、協調とは、異論を唱えない、他人に気配り(気遣い)をする、感情的に対立しない、ことが、協調の意味らしい。
ところが、Dorothy Hamachi Berry(国際金融公社人事・総務担当副総裁)によれば、仕事協調型、つまり、仲間と協力して問題解決をする能力(問題解決協調型)ある人材が重宝されており、今では『協調性の見られない人を採用することはない』という。
つまり、海外(国際機関やアメリカ)では、能力実績主義→(+)仕事協調型への展開が見られているのに、日本では、人間関係能力重視→(+)能力実績主義への変化があるものの、基本的な職場での業績評価は、人間関係か仕事の能力/業績かの2元論のままである。
言い換えれば、企業組織の目標・目的がはっきりしていた工業化社会では、「いかに」仕事をやっていくかが大切であった。この「いかに」を判断するのに有効な2元論が、人間関係か能力実績かの価値判断であった。
その時代の議論に今なお終始しているのだ。
ところが、第4の波の時代には、企業組織の目標・目的を生み出す能力が基盤になる。だから、「いかに」ではなく、「何を」やっていくかが仕事の重要な価値判断になる。その「何を」やったらいいかを重視するとき、個人の能力が基本になるのだが、個人だけでは心もとなく、その個人のさまざまな能力を引き出し、組み合わせ、協調させることが、企業組織として一層大事な能力になる。そういう意味で、従来の工業化社会の判断基準では、グローバルな競争についていけなくなる(あるいは、もうついていけなくなっている)のじゃないか、と杞憂しているのである。
Berry女史は、チームワークの要素として、
1.情報共有
2.建設的意見の交換
3.異見の解消法
4.仲間への助言や指導
を挙げている。
これは、伝統的な欧米での高等教育(ソクラテス以降)の伝統を踏まえたもので、個人主義教育による解決策の一つである。
【参考】
☆「もうスターは要らない」ドロシー・ハマチ・ベリーに聞く
(2008年2月15日 日経ビジネスオンライン 中野目純一)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080212/147090/
(写真は、(c) Harvard Business Review November/December 1996,
What is Strategy ? by Michael Porter の p.61の一部)