ふらっと風流記

自分の考えを深堀りしてみたり、意味のない事をあえて残してみたり。
自分の人生を生き続ける為の道しるべを綴ったり。

コロナワクチンについて

2021-09-19 18:07:00 | 日記
強制的にでも打つべきとまでは思わない。

でも、「医療従事者が打っているよ」という事実があって、これは軽視しちゃいけないとは思う。

まず、リスクが大きいものなら、彼らがワクチンを打たないというのがひとつ。

それに、色々なリスクを負って、我々を助けてくれようとしている人たちを、危機に陥れるリスクを少しでも軽減させられたら良いなぁ〜
と思う。

また、感染しなくなる訳ではないが、
⑴感染しにくくなる
⑵感染してもおかしな変異をしにくい
⑶重症化しにくい
という事だ。

ごくごく個人的な意見としては、アレルギーなど、打つ事自体が厳しいなど理由がある人以外は、打つべきだと思う。

自分個人の事だけを考えれば、受けないという事も選択肢になるだろう。

ただ、ワクチンは、短期間でできるだけ多くの人間が打つ事で、初めて社会的に効果を発揮していく。

だから、強制ではないが、できるだけみんなで、社会の平穏な暮らしを取り戻す事を考えてみませんか??
と考えたりするのだ。

事情があって打てない人は仕方がないし、本人が1番しんどいと思う。

ワクチンが打てない事で差別があってはいけないし、僕は誰かに気軽に「ワクチン打った??」なんて聞こうとも思わない。

ただ、打てないのと、打たないのは明確に違うとは思う。

早くみんなで今まであった日常を取り戻す為にも、短期間でワクチンの接種率上げて、もう少しマスク生活も続けて。

その中でも、個人への配慮も忘れずに過ごせたらなぁ〜と思う。

早く収束します様に。

忍耐の捉え方

2021-09-18 22:09:00 | 日記
外から見た「忍耐」というやつは楽しいし、喜ばしい!!

忍耐なしに成功した人はいないし、
仮にいたとしても、
そういう人になりたいのか?
っていう話がある。

つまり、忍耐こそ成功への道!
と考えると、日々の細々とした事にも心を込めて、取り組めるというもの。

ちょっと面倒だな!
って思ったら、
理想の日々を思い浮かべる!!

そこへつながる事であれば、理想の自分を想像しながら、楽しめる!!

一歩一歩。
やる事が多いだけで、確実に前に進んでいるから、自分を信じて、安心して良い。大丈夫!間違いない!!

夢とはつまり

2021-09-18 18:59:00 | 日記
以前、元ブルーハーツの甲本ヒロトが、テレビで「夢」についての考えを述べていました。

「ロックバンドをやって有名にないたい!とか、ロックバンドをやってお金持ちになりたい!とか。
そんなのは夢じゃない!
有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか、そんなのは、ロックバンドをやらなくてもできる!
不動産で働いてお金持ちになっても良いし。
夢を2つ言うなよ!
夢は、目的であって手段じゃないんだよ!
だから、僕は、ロックバンドをやり始めた時に夢は叶って、今も夢の中にいるんだよ!」
とまあ、そんな感じの事を言っていましたね。

どうやら、「大好きなものと真剣に向き合い、共にする日々の事」を夢と言うらしいです。

そう言えば、僕の大好きな、元NBAのトップスター、コービーブライアントも似たような事を言っていました。

「自分はバスケで色々な栄光を手に入れてきたけど、ケガで辛かった時期に頑張れた事の方が誇りに思える。
夢とは結果ではなく、その過程なんだ。
僕はその過程に満足している」
と、今回の内容に沿う部分を使うと、こんな感じの事を引退時に言っていました。

コービーから学べる小噺はたくさんあるんですが、それはまた別の機会に委ねます。

僕が今回1番伝えたい事は、「何があっても、どれだけ辛くても、きちんと向き合えるものに出会えたら、それは夢が叶ったと言えるんじゃないの?」
って事です。

長い人生の中、終盤になった時に、「あの時、あれをやっていれば良かった」とか平気で言う様な格好悪いジジババにはなりたくないなぁ〜と。

幸いにも、現代の日本なら、色々と頭を使えば、食べるのに困る事は、ほぼないです。

腹を括って大好きな事に本気で向き合って挑戦するというのも悪くないと思うんです。

てるてる坊主

2021-09-17 18:57:00 | 日記
そう言えば。。

そういう文化がなくなったなぁ〜
小さい頃は作ったりしたのになぁ〜

これもインターネットの普及で、だいたいの人が、数時間ごとの天気予報や、雨雲レーダーを確認して、ほぼほぼ正確なデータを簡単に入手できる様になったからかな。

ググれば、大抵の事は調べられる。
とても素晴らしい事だ。

ただ、その代償として、現代人はいつしかスマホに頼り、空想に想いを馳せる事がほとんど無くなってしまった。

「この漢字、読めないけど、前後の文章からたぶんこういう意味?」
とか、
「この駅までの電車賃分からんけど、その先の〇〇駅までの電車賃までは分かるから、いくら持っていこう!」
とかね。

待ち合わせも負担がほとんど無くなった。
どこにいるか分からなければ、LINEすれば済む。

「もしかしたら、来てないかも?」
という不安感は味わう必要がなくなった。

そう考えると、これまで正解に辿り着くまでに時間を要していたものが、ほぼ一瞬にして、スマホが僕らを正解へと導いてくれる様になった。

便利になった一方、答えの出ない途方もない話に盛り上がったりする事が難しくなり、寂しさもある。

もうひとつ。
僕もそうだが、現代人はどんどん待つ事が苦手になっている。

便利になればなるほど、当たり前の価値感が変わっているからだろう。

昔は手紙でたまにしかやり取りできなかった。

その間に相手への想いを馳せたりできるし、その距離感だからこそ、相手を思いやれるとも思う。

それが、メールになり、LINEにおいては、リアルタイムでやり取りできてしまう。

もう、メールでセンター問い合わせをする必要すらない。

いつでもやり取りできるという事が逆に窮屈に感じるという事もあろう。

たまには、スマホに答えを求めずに。
しばらく置いてみて。
自分で考えてみて。
のんびりとしてみるのも悪くないと思うのだ。

ブルーハーツの詞をひとつ

2021-09-16 19:43:00 | 日記
どの曲も凄くメッセージがビシビシと伝わってくる。

1番聞いていたのが、中学生の頃。

何か、思春期特有のモヤモヤというか、生きる事の意味とか、死ぬってどういう事なのか?とかそういう疑問を持っていた様に思う。

今回は、「ロクデナシ」という曲を紹介してみる。

冒頭からビシビシと揺さぶってくる。

「役立たずと罵られ 最低と人に言われて 要領良く演技できず 愛想笑いも作れない」

中学生になると、斜に構える様になってしまって、素直さとかなくて。

それが得しないと分かっていても、反発する事自体が格好良いみたいなところもあったのだと思う。

何か、社会や大人に対する反発が、自己のアイデンティティの確認作業だったのかもしれない。

別に何か悪い事をする訳でないが、自己との対話が本当に下手くそだったと思う。

ブルーハーツは、そんな人間も取り残さない優しさがある。

「劣等生でじゅうぶんだ はみ出し者で構わない」と力強く歌うのだ

なんなら、
「お前なんかどっちにしろ いてもいなくても同じ そんな事言う世界なら 俺がケリを入れてやるよ」
とさえ歌う。

自分自身の生きる意味もよく分からないし、社会の歯車になっていく事への恐怖感や、その社会や、自分自身さえも変えていけないという無力感みたいなものがあった様に思う。

それでも、この曲の歌詞は続く。

「誰かのサイズに合わせて 自分を変える事はない 自分を殺す事はない ありのままでいいじゃないか」
と歌うのだ!

圧倒的な肯定。
もうこれは無条件の肯定。
しかも、親や先生に言われるのとは訳が違う。

それは僕が、彼ら大人たちは僕たちを真っ当な社会のレールの上に乗せるのが仕事なのだと、本能的に感じていたからだと思う。

それゃ全員が全員、前を向いて全力で頑張れれば最高なんだけど。

中学生の時の僕は、運動会や文化祭などで、クラスでひとつにまとまろうなんて雰囲気が大嫌いだった。

まとまる事自体が目的で、そこに、個人の気持ちとか置き去りにされている感じが嫌だった気がする。

だから、みんな頑張ろうは、きっと机上の空論なのだと思う。

実際は、それが分かっていても、そこまでできないよって人がたくさんいて。

ブルーハーツはそんな人間も含めて、「別にそのままで良いんだぜ!」
って言われている気がして、ありがたかったなぁと思うのだ。

そこには、上っ面ではなく、本音しかなくて、そんな大人がいるなら、もう少し走ってみても良いよなと思えた部分はある。