ゴールデンウィーク中の4/29、金沢市の山側環状道路沿いの大乗寺丘陵公園に寄ってきました。
ここは「金沢の南部に広がる丘陵地帯。その豊かな緑を復元し、永く未来に継承するために整備された金沢を代表する公園(総合公園)です。眼下に金沢の街が広がり、晴れた日には日本海まで見渡すことのできる壮大な眺望。ツツジをはじめ、ウメ、アジサイ、ツバキ、サクラなど、四季の移ろいを感じさせてくれる色とりどりの花木。広い空と豊かな森に囲まれた、ゆったりとした時が流れる公園です。」と金沢市の公式ホームページにある通りの公園ですが、何といっても5品種、約13,000株植えられているというツツジが目玉で、寄り道するという感じがふさわしいくらいに金沢市民には手軽な位置にあります。そこに、ふっと思いついてまさに寄ってきました。開花を待つばかりの蕾が鈴なりで、最盛期にはあと1週間くらいでしたが、それでも十分に見ごたえがありました。
大乗寺は曹洞宗のお寺で、その門前につながる丘陵に公園が整備されたのですが、私の中学高校時代は、その一角が市民の憩いのスキー場でした。林が途切れていて、障害となる木々がない緩やかな斜面がある程度広がっていて、雪が積もれば滑ることができるというただそれだけのスキー場。もちろんリフトなんてなく、利用者が勝手にスキー場と呼んでいただけかもしれません。
中学からスキーを始めた私にとっては初めてのスキー場。転倒した斜面で大の字になって真っ青な空を見上げると、そこには一点、プロペラの飛行機。いつの日かこんな光景を思いだす日が来るかなーと考えたことがありましたが、50年たった今そのことを思い出します。のんびりとしたスキー場でしたね。
他にも、市民憩いの、お花見紅葉狩りの卯辰山にスキー場が2つありました。一つは、めちゃめちゃな急斜面を備えていて、市の中学生スキー大会が開催されていて、出場した私はもちろんその急斜面で転倒、途中棄権。そこを無事に通過できれば入賞というそれくらいの急斜面で、ほんまにここを滑るのという感じでした。今はその急斜面が花壇として整備されていて、昔ここを滑ったもんだといっても女房なんか信用してくれません。「記憶が跳んでて、どっか他の場所と混同してるんとちゃうの」といいます。そうです妻は関西人です。
中学高校とスキー部で鳴らした私も、大学は京都で、スキーを続けるには遠征その他でお金がかかりすぎるので、クラブは軟式野球。今は野球も結構お金がかかるようですが、当時、今ほどではなかったですからね。最近では、どんなスポーツも、ちょっと本格的にやろうとするとお金がかかりすぎて、ある程度裕福じゃないと不可能。こんなところにも社会の階層分化の波がうかがえて、日本のスポーツ界の将来が不安です。
大学が京都という関係で、妻は関西人。私も関西に長くいましたからある程度関西弁が残っています。なので、娘たちは金沢育ちですが、結構関西弁が混ざります。みんなして、「こんなとこでスキーなんかできるわけあらへん。絶対ちゃうわ」といいます。けど、「絶対ここやったがやー」と私は、もともとの金沢弁で言い返しています。でも、今見てもあまりの急斜面なので、ひょっとして思い違いかなーなんて考えてしまいます。一番上の方の小屋で、スキーの後でよく食べていたうどんの美味しかったこと。もちろん、「掛けうどん」。関西では「すうどん」ともいいまんな。逆で、関西が「掛けうどん」でしたっけ。どっちにしろ、その小屋は今はもう、痕跡すら見られへんなー、ここじゃなかんたんかなー、いやそんなはずあらへんと思うがや。