18日、例の通り、彦星先生の企画で楽しく有意義な時間を過ごすことが出来た。
その、全部をここに書くのは大変なので、一番印象に残ったことを。
この日のゲストのお一人は、世界を舞台に活躍する調香師、新間美也さん。
“調香師”と聞くだけで遠い世界なのに、まして、世界を相手にしてる人だからなぁ、と身構えていた私の想像に反して、おそろしく力みのない、素敵な女性だった。こっちもすっかり油断して、ずいぶん失礼なことを沢山言ってしまった気がする。翌日、駅ビルの展示会にもおじゃまして、また一方的に喋りまくり。あぁ……。ごめんなさい。
彼女は、ブランド企業に所属するのでなく、“自営”。なのに、殆ど営業(売り込み)をしていないという(この辺、彦星さんと通じるところあり)。
「作品」もお持ち下さったが、パッケージやネーミングに考えがあるんだろうな、と言うことは解るとして、そこに「解説書」があるわけではない。これが、「商品」としてちゃんと流通しているというのがすごい。
このことは、この半年間、彦星さんが行ってきた「情報意匠論」講義と、本質的なところで絡んでくるし、実は、私の専門とも明らかにリンクしている。いま、と言う時点で、こういう会話が成立したことに、巡り合わせの妙を感じずにいられない。それは「セレンディピティ」か、あるいは「快楽奇蹟」と呼ぶべきか。
どこから書けばいいのか、頭の中に、連想情報が際限なく渦巻いている。
遠いところから行くか(以下、時間のない人は青いところ、飛ばしてください。どうしても読みたい方は「選択状態」にすると反転して読みやすくなります)。
原始、人は、自分に必要なモノを自然界から取りだした。次に、自然界のモノを加工して作り、自分で使った。やがて、人と人との関わりの中で、得手不得手、あるいは産出地の関係などから、そうした生産物は交換された。市場が出来、物々交換から貨幣が介在する交易になっても、基本的に生産者と消費者は相対で取引をする。市場には類似品を扱う人もいるだろう。そういうなかで、「広告」が必要になった。で、おそらく、初期の広告は、自分の製品がいかに他のモノより優れているか、を語るためにあったはずだ。更に交易が盛んになると、生産者と消費者の間に商人が介在するようになる。商人は、その商品を、自分自身生産したわけではなく、多くの場合、それを使用するわけでもない。しかし、その品物の価値を伝え、金に換える必要がある。消費者は、必要なモノが簡単に手に入れば有り難いから商人をもうけさせる。しかし、やがて、それも飽和状態になる。商人は、消費者にとって“必要”ではないモノまで、特別な価値を付加して消費させる。極大雑把にいえば、広告はこういう世界で発展してきた。
今の話は、衣食住に欠かせない実用的な品物の取引の話だ。芸術は、広告で動くモノじゃない。そうか?
音楽でも美術でも、勿論文学でも、芸術は、権力や財力のある人たちによって支えられてきた。芸術家は、それなりの営業努力が必要ではあったけれど、理解のある金主を捉まえられれば、創作活動の自由度は保証される。しかし、芸術史はそれでは終わらない。17世紀前後から、世界中で、芸術作品が商品として流通し始める。音楽も美術も、貴族の専有物ではなくなるし、文学はいち早く“商品”になった。商品としての芸術作品は、“作者の意図”を十分に理解しないかも知れない他者としての消費者を顧客にしなければならない。そのためには、見ず知らずの人たちに、“買わせる”ための“営業努力”が必要だ。場合によっては、市場の動向に合わせて作品を作る“職業芸術家”も現れるかも知れない。そこまで行かなくても「わかりやすさ」の仕掛けは芸術そのものの本質を変えていく。
日本の場合、所謂“元禄文化”とは、このようなポップアートの爆発的開花だったといえる。同時代、年号で言うと、元禄より少し前から、遊女評判記・役者評判記という、“批評書”が出版されだした。両方ともに、最初は買色ガイドでしかなかったが、やがて、洗練された批評を載せるようになる。やがて、芝居や小説にも同様の評判記が現れる。“評判”は、辛口でも、最終的には褒める。それは、芸術の広告としての機能を持っている。芸術批評が登場するのは、芸術のリテラシーを持たない消費者を導くために必要だったからで、芸術家と批評家は、実は相互依存関係にある。
さて、芸術は、それを感じ取るリテラシーが作者・享受者双方に存在して完結する。当然のことなのだけれど、十分に満たされることはそうそうあるものではない。そのとき、作者がとる戦略のひとつは、上に述べたように、批評家を味方につけること、あるいは広告代理店を使う手もある。消費者との媒介があれば、ことは楽だ。大きな企業の中で自分の作品を発表するのも、その看板で補完されるという意味で似たようなところがある。そういう仕掛けを持たない作者は、自分で仕掛けを作るかもしれない。たとえば、近代俳句は、それまでの“座”の文芸としての俳諧を超えて、十七文字の自立した宇宙を作ることを目指した。それが成功したのかどうか。自注句集は、作品の自立を放棄している。第二文芸と呼ばれた一つの大きな要因である。
ブランド、あるいは商品そのものの差異化を図るためには、それ自体をストレートに語っていては限界がある。イメージ戦略が必要だし、個々に物語が求められる。何でもない石ころが、そこに故事来歴の物語を付加することで、とんでもない価値を持つし、そうしなければ誰も判断できないのが今の世の中だ。
芸術家でも、スポーツ選手でも、我々は、過剰に物語を与えられている。美術館でもコンサート会場でも、客の間で語られるのは、作品そのものの魅力ではなく、その人、その作品に秘められたバックストーリーだ。それが、作品の魅力を作り出す。作品は中空。
話を戻そう。
名前やパッケージなど、最小限の情報だけで、何も付加せず、誰も介在させずに、作品そのものでもって、相手と向き合うこと。理解の幅はあるし、深さもまた異なったとしても、そうやって、相手に何かが伝われば、その方が良い。実際、かなり“作者の意図”が正確に伝わることもあるのだという。そういう、インディペンデントの思考が、口コミ的に拡がり、世界規模の市場で成功しているというのは、奇跡じゃないのか。もちろん、シェアを言えば大ブランドの比ではないだろうけれど、そういう“大樹”に身を委ねない力強さもまた心地よい。
企業の中の商品開発担当技術者ではない。この人は芸術家だ、と。そういう人が、目の前にいることが、心強く、とてもとても嬉しかった。
省みて、自分はどうか。大学という組織の中で、辛うじて生かされている状態。なんとかしなきゃな。自分の看板を立てること。がんばろう。
パワーを戴きました。感謝。
語りたいことがまだまだある気がするのだけれど、これ以上書いても誰も読まないだろうし、そもそも作品の記憶について、そして、彼女自身について、何も語っていない自分が何とも……。
その、全部をここに書くのは大変なので、一番印象に残ったことを。
この日のゲストのお一人は、世界を舞台に活躍する調香師、新間美也さん。
“調香師”と聞くだけで遠い世界なのに、まして、世界を相手にしてる人だからなぁ、と身構えていた私の想像に反して、おそろしく力みのない、素敵な女性だった。こっちもすっかり油断して、ずいぶん失礼なことを沢山言ってしまった気がする。翌日、駅ビルの展示会にもおじゃまして、また一方的に喋りまくり。あぁ……。ごめんなさい。
彼女は、ブランド企業に所属するのでなく、“自営”。なのに、殆ど営業(売り込み)をしていないという(この辺、彦星さんと通じるところあり)。
「作品」もお持ち下さったが、パッケージやネーミングに考えがあるんだろうな、と言うことは解るとして、そこに「解説書」があるわけではない。これが、「商品」としてちゃんと流通しているというのがすごい。
このことは、この半年間、彦星さんが行ってきた「情報意匠論」講義と、本質的なところで絡んでくるし、実は、私の専門とも明らかにリンクしている。いま、と言う時点で、こういう会話が成立したことに、巡り合わせの妙を感じずにいられない。それは「セレンディピティ」か、あるいは「快楽奇蹟」と呼ぶべきか。
どこから書けばいいのか、頭の中に、連想情報が際限なく渦巻いている。
遠いところから行くか(以下、時間のない人は青いところ、飛ばしてください。どうしても読みたい方は「選択状態」にすると反転して読みやすくなります)。
原始、人は、自分に必要なモノを自然界から取りだした。次に、自然界のモノを加工して作り、自分で使った。やがて、人と人との関わりの中で、得手不得手、あるいは産出地の関係などから、そうした生産物は交換された。市場が出来、物々交換から貨幣が介在する交易になっても、基本的に生産者と消費者は相対で取引をする。市場には類似品を扱う人もいるだろう。そういうなかで、「広告」が必要になった。で、おそらく、初期の広告は、自分の製品がいかに他のモノより優れているか、を語るためにあったはずだ。更に交易が盛んになると、生産者と消費者の間に商人が介在するようになる。商人は、その商品を、自分自身生産したわけではなく、多くの場合、それを使用するわけでもない。しかし、その品物の価値を伝え、金に換える必要がある。消費者は、必要なモノが簡単に手に入れば有り難いから商人をもうけさせる。しかし、やがて、それも飽和状態になる。商人は、消費者にとって“必要”ではないモノまで、特別な価値を付加して消費させる。極大雑把にいえば、広告はこういう世界で発展してきた。
今の話は、衣食住に欠かせない実用的な品物の取引の話だ。芸術は、広告で動くモノじゃない。そうか?
音楽でも美術でも、勿論文学でも、芸術は、権力や財力のある人たちによって支えられてきた。芸術家は、それなりの営業努力が必要ではあったけれど、理解のある金主を捉まえられれば、創作活動の自由度は保証される。しかし、芸術史はそれでは終わらない。17世紀前後から、世界中で、芸術作品が商品として流通し始める。音楽も美術も、貴族の専有物ではなくなるし、文学はいち早く“商品”になった。商品としての芸術作品は、“作者の意図”を十分に理解しないかも知れない他者としての消費者を顧客にしなければならない。そのためには、見ず知らずの人たちに、“買わせる”ための“営業努力”が必要だ。場合によっては、市場の動向に合わせて作品を作る“職業芸術家”も現れるかも知れない。そこまで行かなくても「わかりやすさ」の仕掛けは芸術そのものの本質を変えていく。
日本の場合、所謂“元禄文化”とは、このようなポップアートの爆発的開花だったといえる。同時代、年号で言うと、元禄より少し前から、遊女評判記・役者評判記という、“批評書”が出版されだした。両方ともに、最初は買色ガイドでしかなかったが、やがて、洗練された批評を載せるようになる。やがて、芝居や小説にも同様の評判記が現れる。“評判”は、辛口でも、最終的には褒める。それは、芸術の広告としての機能を持っている。芸術批評が登場するのは、芸術のリテラシーを持たない消費者を導くために必要だったからで、芸術家と批評家は、実は相互依存関係にある。
さて、芸術は、それを感じ取るリテラシーが作者・享受者双方に存在して完結する。当然のことなのだけれど、十分に満たされることはそうそうあるものではない。そのとき、作者がとる戦略のひとつは、上に述べたように、批評家を味方につけること、あるいは広告代理店を使う手もある。消費者との媒介があれば、ことは楽だ。大きな企業の中で自分の作品を発表するのも、その看板で補完されるという意味で似たようなところがある。そういう仕掛けを持たない作者は、自分で仕掛けを作るかもしれない。たとえば、近代俳句は、それまでの“座”の文芸としての俳諧を超えて、十七文字の自立した宇宙を作ることを目指した。それが成功したのかどうか。自注句集は、作品の自立を放棄している。第二文芸と呼ばれた一つの大きな要因である。
ブランド、あるいは商品そのものの差異化を図るためには、それ自体をストレートに語っていては限界がある。イメージ戦略が必要だし、個々に物語が求められる。何でもない石ころが、そこに故事来歴の物語を付加することで、とんでもない価値を持つし、そうしなければ誰も判断できないのが今の世の中だ。
芸術家でも、スポーツ選手でも、我々は、過剰に物語を与えられている。美術館でもコンサート会場でも、客の間で語られるのは、作品そのものの魅力ではなく、その人、その作品に秘められたバックストーリーだ。それが、作品の魅力を作り出す。作品は中空。
話を戻そう。
名前やパッケージなど、最小限の情報だけで、何も付加せず、誰も介在させずに、作品そのものでもって、相手と向き合うこと。理解の幅はあるし、深さもまた異なったとしても、そうやって、相手に何かが伝われば、その方が良い。実際、かなり“作者の意図”が正確に伝わることもあるのだという。そういう、インディペンデントの思考が、口コミ的に拡がり、世界規模の市場で成功しているというのは、奇跡じゃないのか。もちろん、シェアを言えば大ブランドの比ではないだろうけれど、そういう“大樹”に身を委ねない力強さもまた心地よい。
企業の中の商品開発担当技術者ではない。この人は芸術家だ、と。そういう人が、目の前にいることが、心強く、とてもとても嬉しかった。
省みて、自分はどうか。大学という組織の中で、辛うじて生かされている状態。なんとかしなきゃな。自分の看板を立てること。がんばろう。
パワーを戴きました。感謝。
語りたいことがまだまだある気がするのだけれど、これ以上書いても誰も読まないだろうし、そもそも作品の記憶について、そして、彼女自身について、何も語っていない自分が何とも……。
そうして到達すべきブランドも人。
一流企業を二三頭に浮かべると
必ず企業のトップの顔が見える。
中途半端な会社はトップの顔がさっぱり見えてきません。
ここがいったん築けると、商品や仕事は自然と動き出す。
「なにを」よりも「だれが」でものが動く。
それは新間さんが証明しています。
この一年、刺激に満ちた新しい出会いに恵まれ、学生共々、言葉に尽くせない程感謝しておりますよ。
>「なにを」よりも「だれが」でものが動く。
彦星さんの持論ですよね。組織じゃなく、個人を相手にせよと。実感します。
ちょうど、うめみんさんのblog
http://blog.goo.ne.jp/umemin2005/e/228688fcb011fef5795a0bc67afa5904
で、Rさんが仰っていた
>いいホールか、そうでないホールかは、
>その設備じゃなく、そこで働く人で決まります。
と言うのとも、通じますねぇ。
これも、ホントに実感です。